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ドサクサ日記 12/23-31 2024
23日。
今年最後のリハーサル。その後は、ホルモン焼屋と駅のフードコートで若いバンドマンたちと会食。リアルタイムで観られなかったM1を視聴。求められる技術も情報量も上がり続けるなか、トムブラウンの漫才はまったく意味不明の何かで、絶対優勝できないだろうけど清々しかった。令和ロマンは圧倒的。ネタを15分にも伸ばせるし、アドリブで社会風刺も追加できる、みたいな余白と語彙力とキレ。技術。
24日。
クリスマスイブ。キリスト教徒以外には関係のないことだとは思うけれど、もはや国民的行事と呼んでいいのではないかと思う。日本のあらゆる何かがグラグラしているのは、信仰がなくなったからではないかとたまに思う。神が見ている、みたいな外側からの視点もなく、こんなことしたら地獄行き、みたいな畏怖やモラルもなくなって、ただ無計画に、成り行きにまかせて悪い奴らが悪いことをしている。
25日。
CBSから藤枝へと移っていく予定の機材たち。もちろん、空いたままにしておくと自分の作業が立ち行かない。というわけで、新しい機材を注文する。普通に200万円を超えていて目玉が飛び出る。特価のような設定のものを選んでこれなのだから、改めてProtoolsの参入障壁の高さを思う。奥に分け入って行くと、経済的な壁がそそり立っている。個々で乗り越えるのは厳しい。録音産業は罪深いと思う。
26日。
スタジオで様々な楽曲の断片に挑戦。ネガティブの重ね塗りみたいな個人の内省や、暗い世相を歌った誰かの楽曲でも、それがないよりはこの世のクソっぷりがいくらかマシになるはずだと願いたい。星野源君が紅白の演奏曲を変更していた。「地獄でなぜ悪い」。生きるってそもそも地獄やんけ的な仏法のようでもあり、それでも一歩一歩この地獄を進んでいく私たちの孤独に向けての讃歌であり、彼の伝記的な決意の歌だと思う。しかし、かつてこの曲がタイアップとして同名の映画の主題歌として使われたということが、現実に起きた性加害事件の影響を受けた。独立独歩で発表された歌ならばこういう結果にはならなかったところに、大衆音楽というか現在の音楽産業の悲しみがある。「キャンセルカルチャー」と一言でまとめるには複雑な問題を、関係を、私たちはどのように捕まえればいいのか。星野君にだけ真摯な対応をさせて、溜飲を下げて、問題の本質を忘れてしまうのでは辛いし、狡いのではないかと思う。「世の中が窮屈になる」という言葉は、著しく非対称な男性優位社会を改善する役には立たないと思う。現在進行形で窮屈さを感じる様々な人の側に立って悩むしかない。苦しいけれど、自分もその一因だと認めるしかない。俺は男性というだけではっきりと苦しい。しかし、それは甘えでもある。
27日。
打ち合わせ。そして楽曲と対峙。段々と楽しくなってきた。インスピレーションが具体的な音階や言葉で肉付けされる。考えているのは自分だが、なんだか贈り物のように感じる瞬間もあるから創作というのは不思議で楽しい。夜にはNANO-MUGEN FES.の開催が発表になった。なんと11年振り。フェスを主催して「こんなに俺たち凄いんだぜ」みたいなことをアピールしたい気持ちは皆無で、ただただ、音楽ファンにとって素敵な日になりますようにと願っている。願ってばかりでは仕方ないので、頑張らないとけないタイミングもあるのだけれど。Kアリーナなんていう巨大なコンサート会場の座席が埋まるのだろうか、みたいなプレッシャーもあるが、余計何かを背負うのは辛い。楽しみたい。インドネシアでの開催はとても嬉しい。熱心なファンベースがあることを知ったのは10年以上前。感無量。
28日。
大阪で仕事納め。今年の締めくくりとしてエモい演奏ができたと思う。楽屋エリアではスカパラの皆さんと談笑。まだ発症したことはないが、フェブキソスタットのお世話になっている身として、川上さんに痛風との付き合い方を聞く。フジファブリックのフェス納めは感慨深かった。「破顔」は改めて良い曲。また彼ら揃って、ステージで顔を綻ばせる瞬間を思う。人生いろいろ。何を裕次郎、島倉千代子。
29日。
予定通りに行かない日もある。社会のいろいろな流れというか、人々の欲望の向きというか、それらが連なった慣習に合わせると、自分がものすごく無能なやつだと思ってしまう。作詞作曲が何の役にも立たない、というレイヤーもある。夜中に「よしもと楽屋ニュース」をTverで観て元気を出す。関係のないレイヤーで起きている馬鹿馬鹿しいことだけれど、とにかく爆笑して、まあいいか、と思って寝た。
30日。
いろいろあって、京都の伊根というところまで出かけた。こんなところまでどうして日帰りで来てしまったのか、泊まりにして、というか逗留して、文学作品や音楽作品の断片を制作すれば良かったと思っても時既に遅し、お寿司屋さんも店じまいの最中、師も走るのをやめるほどの師走の果てで、旅館の部屋など取れるはずもなく、年始の己の予定もギッチギチであった。無念。が、素晴らしい1日だった。
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31日。
2024年も最後の日。Music Inn Fujiedaのことばかりやっていたようで、他にもいろいろなことをした一年だった。記憶が薄い。特に用もない夏休みの早朝に1日の制限時間30分のファミコンをやり終えてしまって、友達と連絡を取る方法も今のように発達しておらず、とりあえずプールに行こうかなと思ったけれども休校で何もすることのなかった夏の日の午後は永遠のように感じたけれど、現在は1日34時間くらいあったらいいのになと思ってしまう。朝は6時に起きてしまうのに、10時間くらい足りないと感じるのは、体感速度と世界の速度の齟齬が広がっているからだと思う。図書館や書店に行くと、自分の人生の残り少なさに絶望する。どれから読んだろかしらと胸を躍らせた少年期とは別の場所にいる。常々に踊ってばかりで、あの本もこの本も読み忘れている。みたいな人生だけれど、来年も頑張る。
以下、今年の作品(去年のもある)を貼っておく。
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