ドサクサ日記 7/15-21 2024
15日。
エンジニアの仕事をしてみて分かるのは、ミュージシャンは「やっておいて」と簡単に言ってはいけないし、エンジニアはすべての仕事をブラックボックスに入れてはいけないということ。作品の良し悪しと絶対的な相関関係があるわけではないが、お互いの仕事へのリスペクトだけでなく情報と技術のシェアが大事だと思う。メールでいろいろな要望を出していたら、すべてのプラグインやアウトボードを外したようなミックスが送られてきた経験がある。お互いの顔が見えないと、こういう仕事っぷりも可能になってしまう。エンジニアがミュージシャンのやりたいことのために使役されている現場はキツいし、一方で、ミュージシャンが何を言おうがエンジニアがフェーダーを動かそうとしない現場も辛い。誰の作品なのかというのは難しいところがあるけれど、上下関係のない意見の交換は大事だと思う。
16日。
般若心経についての話を聞いた。般若は智慧であり、智慧は「自分の都合と通さず、物事を自分で認識する」ということだそうだ。独りよがりの都合で考えず、そこから離れていくと、やがて私みたいな領域から離れて、私的な感覚は消滅してしまう。屁が臭い、これは自分の都合だ。なるほど、それこそが「空」ということかもしれない。執着しなければ苦しくはない。空だから、変わることもできる。
17日。
THE FIRST TAKEに「転がる岩、君に朝が降る」がアップされた。現在の自分たちらしい演奏ができたのではないかと思う。戦争と紛争だらけの現在に「戦争をなくすような大それたことじゃない」と歌うのは、いくらかナイーブかもしれない。ただ、2006年の自分の感覚としては、それが等身大の言葉だった。過去の偉大なミュージシャンたちが「戦争反対」と歌っても、一向に戦争がなくならないという現実の前で途方に暮れる。武道館を埋めようがフェスでトリを務めようが、世界や社会に対しては無力で、いつだって自分の小ささばかりが目につく。朝陽は容赦なく、そんな俺の小ささを露わにする。昼間は影もまた濃い。しかし、私は無力だと嘆くのはナルシシズムの一形態だと思うようになった。自己を誇大評価するからこそ、無力さや小ささを嘆くのだ。俺たちは身一つで、等しく、この世を転がっていく以外にない。そうした当時の自分の決意は、変わらずにこの歌に込められていて、何度歌っても魂というか、背筋というか、伸ばしたほうがいい自分のなんらかがピンと伸びるように感じる。胸を張るのは簡単じゃないけれど、少なくとも、背中を丸めて、自分を卑下して歩いていく必要はない。身体ひとつの、人間としてのちっぽけさを当たり前に握りしめながら、またどこかで歌えたらなと思う。
18日。
東京のSONYで取材を受けてから、静岡へ移動。久々に実家に帰って両親とご飯を食べた。俺がアラフィフなのだから、両親はアラセブ、いつかのお別れをリアルに意識する年齢になった。もちろん、いつまでだって元気でいて欲しい。けれども、別れがいつやってきてもおかしくない。あと何度、こうしてご飯を一緒に食べる機会があるか分からないけれど、こういう時間はありがたいなと改めて思った。
19日。
藤枝市でNPO発足の記者発表を行った。また、藤枝市とも地域の振興で連携する協定を結んだ。記者会見はとても緊張したが、貴重な体験だったと思う。考えていることを理路整然と語るのは難しい。記者からの質問に対しては、普段から考えていないことは言葉にできないと痛感する。質疑応答に入ってから、素直に自分の言葉が出てきたのは良かった。大きな理想は常に抱えていて、施設が進むべき方向についてはイメージができている。しかし、これから起こることについては、自分の想像の範疇を良くも悪くも超えるのではないかと思う。コントロールしようとせず、仲間や、参加してくれる人たち、地域の人たちと連携しながら、ベターな筋道を探し続けたい。たとえ右往左往しても、そうやってその都度考えながら、話し合いながら進んでいけば、アントニオ猪木の名言ではないけれど、歩んだところが道になり、そこに人の集いができるのだと思う。改めて言葉にすれば、音楽的な富、それは金銭であり、機会であり、様々な技術や情報でもある。それらを公共の財産と考えて、みんなでシェアする場所を作りたい。多くの人が、経済的な理由で創作を諦めなくてもいいような社会の一助になれたら嬉しい。ひとまずは、当面の活動費の寄付を行った。スタジオの完成後には録音機材を提供する予定。応援してほしい。
20日。
泥のような二度寝。クーラーの効いた部屋で寝るのは気持ちがいいが、起き上がったときのどんより具合が冬のそれとは桁違いな気がする。身体もズシりと思い。なんとかソファから這い上がって、決意したように何かをやるのかと思いきや、プランターのオクラと唐辛子に水をあげた後、水分補給と称して芽が出た麦の汁を発酵させて作った酒を飲み、ラフテーみたいな食べ物を食べてズドンと眠りに落ちた。
21日。
蝉が鳴いている。1匹の蝉がベランダ近くのフェンスにとまって、どういう風に擬音語にしたらいいか分からない音を腹部から出している。よく見ると小刻みに腹を動かしているのがわかって、そのクンクンした動きが少し滑稽に見える。しかし、彼らは彼らなりに必死に短い夏を全力で生きているわけで、俺が蝉でも腹部をクンクンに振動させて、頑張って騒がしくしただろう。知ってたけど、夏が来た。