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ドサクサ日記 9/5-11 2022

5日。
喉の奥底の、肝心なところに咳の種が居座って、なかなか咳が止まらない。かと言って一日中ゲホゲホしているわけでもない。咳をしても、痰を取り除くように喉をならしても、妙な不快感が喉に残っている。咳だけ残るしぶとい風邪の終わりごろのような感覚。この日はリモート取材。アジカンのツアーはもうすぐ後半の日程がスタートする。バンドはすこぶる良好なので、多くの人に参加してほしい。

6日。
咳を緩和するための薬を受け取りに近所の薬局へ。例外的な外出ではあるけれど、久しぶりの屋外が嬉しい。通りすがった小さな公園も、こんな感じだったかしら?と、なんだか別の場所のように感じた。調剤薬局の前まで行き、着いたことを店外から伝えて薬を受け取る。そして、誰にも会わないようにそそくさと家に帰った。医師も薬剤師も親切でありがたい。俺と同じように、一定の期間自宅やホテルに篭る人たちのことを思う。感染症を治すためでもあるけれど、社会や他者のために隔離を受け入れているという性格が強い。マスクやワクチンも同じ発想が源泉だと思う。一方で、他人を見る目の厳しさも感じる。思いやりと同調圧力は表裏かもしれない。本当の意味での寛容さというのを、身につけていきたいなと思う。

7日。
Foo Fightersのテイラー・ホーキンス追悼ライブの映像を観る。テイラーの息子が「My Hero」を叩く。感動的なシーンだ。ステージの袖で観るのと演奏するのでは風景が全く違う。父親が何を背負って世界中で演奏していたのか、どんな景色を見ていたのか、彼にしか感じられないことが当然あったと思う。エンターテインメントの世界は、はっきり言えば狂った世界だ。身も心もボロボロになるまで世界中を飛び回ることの意味を考える。最新の音楽を世界のどこでも聴けるということは素晴らしいことだが、土着の文化や風習を踏みつけている可能性は否めない。しかし、どうしようもなく美しいと感じる瞬間があるのも事実だ。産業化した世界中の大衆音楽が行き来する時代にこそ、俺は救われたと言っていい。ロックスターであれ名もなきバンドマンであれ、音楽の只中では多くの人が幸せであってほしい。

8日。
規定通り職場に復帰。今日から自宅療養期間は7日間に短縮されるという。なんというタイミングの悪さ。しかし、咳が止まらないので、どうあれ買い物に出かけたりはしなかっただろう。そして今日とて、都内のスタジオで撮影がなければ自前のスタジオに行って作業をし、誰にも会わずに帰ってきただけだったと思う。移動の自由は基本的人権に含まれている。ゆえに、感染症対策は政治の領域が大きい。

9日。
16年ぶりのエルレガーデンの新曲が最高で半泣きになってしまった。現代的な太いボトム、ギターサウンドからはオーセンティックなフィーリングを感じる。何が何でも耳のそばに貼り付けようというドーピング気味のラウドネスではなく、楽曲の情緒に寄り添うようなサウンドデザイン。歌われるのは寂寞とした孤独と、もう一度頂上に向かうんだという決意。相変わらず、部品が取れようが砂漠をどこまでも走っていく車みたいな危なっかしさを感じる。でも、そこが泣ける。みんなそうやって生きているから。傷だらけになって燃えながら、細美君はいつだって太陽みたいに照らしてくれる。バンドマンにとってバンドは人生だ。我が物顔で乗り回しているうちにバラバラになってしまった部品を組み上げて、また走り出す。乗っている人たちは見違えるほど逞しい。次に止まるときは、笑えるほどの大破だね。愛。

10日。
スタジオで作業。コンプのVUメーターが壊れて、高価なヘッドホンのビスが折れる。モノが壊れると不安になる。それは修理代うんぬんの金銭的な話ではなくて、故障自体の意味を考えてしまう。偶然だと言い切ることもできるけれど、何か自分からモノが壊れるような邪な波動でも出ているのではないかと疑心暗鬼になる。帰り道は、何事もないようにゆっくり帰った。壊れたものは修理して使う予定。

11日。
釜飯を炊いて炊いて食べ狂っていたコロナ禍。炭水化物を摂取しすぎたのか、むちゃくちゃ肥えてしまった。食こそが生の実感だったから仕方がない。しかし、これではいけないということでダイエットをはじめて3ヶ月、コロナ以前の体重まで戻すことができた。ただ、これが健康的かどうかについては漠然とした疑問を持っている。痩せていることに対する自分や世間の感覚が行き過ぎていないかとも思う。