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男だとバレたくない女

スナックには色々な方がいらっしゃる
ドアチャイムがなってお客様がお店の中に入った途端にその背負っている、なんて言うのかな…、何かが俺の眉間の間と頭頂部にモアモアした感覚が伝わって来るのだ。

出会いは暑い夏の夜のことだったと記憶している。
少し体が大きめで、スラリとした50代後半のキャリアウーマン風の女性が入ってきた。カウンターにチョコンと座って少し酔っているのか、気さくにお話をはじめた。
悪い人ではないということは直感でわかる。しかし、何か隠しているのが伝わってくるが、どこか得体が知れない。

「あたしの事は蘭(ラン)って呼んでね。名字は二宮よ、二宮蘭。」
蘭ちゃんは、福岡に住んでいたらしいのだが、訳があって最近この町に引っ越してきたらしい。

同時に、新規でいらっしゃった京子もこの日初めて店に来てくれた。彼女は女優を目指して先日青森から上京してきたらしい。しかし40を過ぎてから何かを目指し上京するとは凄いバイタリティーの持ち主だ。
数人の常連客と酒を飲みながら、夏も終わりかけるということで、湖の近くの別荘を借りて1泊しながらBBQをしようという話でこの日は賑わっていた。

俺はこの1泊BBQ旅行に京子誘おうと俺は躍起になっていた。そう、京子は俺の好みの女性だった。
二つ返事で一泊のBBQ旅行をOKした京子は、コミュニケーションも上手く、周りのお客と馴染み楽しそうに会話を肴に一杯やっていた。
久しぶりに好みの女性が初見で来店してくれたことに内心ワクワクしていると、あろうことか京子は、その得体の知れない50代後半の蘭ちゃんをBBQ旅行に誘っているではないか!
「ねぇねぇ、楽しそうだから蘭ちゃんもBBQ旅行いきましょうよぉ…」

ここで一つ俺の思いを述べておくと
俺の店で俺が企画した人数限定の旅行だ。
それも、人間ってのは合う合わないがある。
だから選りすぐりにお客を選んで旅行に行こうとしている。しかし、ここで誘われなかったお客は嫌な思いをする訳だ。それを回避するために車の乗車定員を利用し「人数限定」を掲げ、誘わなかったお客には3ヶ月後にもまた旅行を企画しているので、是非その旅行には早めのエントリーを願いたい旨を伝え、実際にはその3ヶ月後の旅行には、そのお客と話が合うであろうお客を選りすぐってまた企画するのだ。

こうやって、小さなプチ旅行でも頭を悩めながら現地の別荘の手配、食材の手配や料理担当と車の運転も俺が担当した。

話は戻るが、はっきり言って京子が蘭ちゃんを勝手に誘うという行為はご法度にあたる。なぜならこの2人の性格や素性は全くわからないために、俺の企画の妨げになる場合がある。
しかし京子は俺好みだ。
京子は蘭ちゃんを連れて行きたがっている

「…」

結局俺は、2人とも車に乗せることを決意した


 俺は海よりも湖が好きだ。
湖が好きで、その辺の別荘を借りて、よく森林浴をする。
そんなこともあってか、今日も富士の麓にある別荘にお客様とやってきた。
夜もふけ、皆楽しく肉を頬張る者、ギターを奏でる者、利き酒を披露する者で宴は進行していった。

今回選んだ別荘には狭い露店風呂が用意されていて、女性が先に交代で楽しんでいた。京子は、蘭ちゃんと一緒に露天をを楽しみたいと申し出た事で、2人は風呂に。

無事に楽しい一泊旅行となり、事故もなく東京に戻ってきた。スナックに集まって一杯ひっかけようと言う事になって、付近の店から焼き鳥なんかを買ってきて旅行の反省会という名の飲み会が始まった。

たまたま、この旅行に参加していたフィリピン国籍のマーズが、なにか変なことを話し始めた。
もちろん本人には聞こえないようにだが、
「蘭ちゃんは男だよ」
と、俺の耳元で囁いた。

「えっ、どういうこと?」

旅行先でも京子と蘭ちゃんは一緒に風呂に入っていたんだから、男なわけがない。

「マーズ、君の思い過ごしだよ、蘭ちゃんは列記とした女性じゃないか」
「マスター、俺はフィリピン人だよ!間違えるわけがないじゃん」

確かに、ジェンダー大国であろうフィリピンから来たマーズが言っているのだから間違いないのかもしれない。
おれは、すぐさま京子に電話をかけて確認した。
「京子!蘭ちゃんにアレ…ついてた?」
「マスター、何言ってんの?蘭ちゃんは女性だったわ」

マーズが合っているのか京子が合っているのか
この場合、どちらでも良いという考えも正直俺の中にあるんだ。
でも、一つだけ邪魔する思考がある。
彼女を異性として接するのか、同性として接するのか。
人間はアダムとイブの呪縛じゃないけど、どうしてもどちらかの括りに振り分けて接してしまう呪いのようなものがある。
これがあるから、子孫として俺も誰も、皆、命を繋ぎ続けて来たわけだ。逃げられない本能なのである。

俺は決めた。
蘭ちゃんに直接聞いてみよう。

翌日の夕方6時に店の外看板にあかりを灯したと同時に蘭ちゃんが独りで来店した。
彼女はものすごく旅行が楽しかったお話に花を咲かせると同時に、その後にあった嫌な出来事の話もしてくれた。
「マーズの野郎、大っ嫌い!」

訳を聞くと、マーズは他の飲み屋で蘭ちゃんが「男だ」と言いふらしているらしい。
聞くに良いタイミングだと思って、俺は蘭ちゃんに切り込んだ。

「蘭ちゃん…聞きづらいんだけど…」

「そうよ、あたしは元 オ ト コ。数年前にね、海外で工事したのよ。工事をする前日、人生最後の男湯に入りながら数本の漢をまじまじと見て、今日が最後の日だわと決意したわ。」

全くわからなかった。
蘭ちゃんがトランスジェンダーだなんて、全くわからなかった。俺から見るとどう見ても女性に見える。

俺的なジェンダーについての考えは、自由でいいと思う。
しかし、男なのに中身は女性という苦しさは壮絶なものだろう。

先日、うちのスナックに23才の若い男子が初見でこられた。
隣が蘭ちゃんで、2人は意気投合していたように思えたが、酔った若い男子が蘭ちゃんに「オカマ?」という禁句を吐露。
その言葉に蘭ちゃんは激怒された。

「あたしの苦労なんて貴方にはわからないでしょ!」
この言葉に全てが組み込まれていた。
実は蘭ちゃんにはご家族がいる。
妻帯者だ。しばらく家には帰ってないらしい。
マンションは嫁に渡し、一人息子とも口を聞いてないらしい。
でも会社は一流企業。

俺個人的には蘭ちゃんを人間として好いている。
だってさ、それを隠して生きることも可能だった訳だ。
でも。それをさらけ出して生きて行く覚悟を持って生活している訳だ。
深みのある人生、誰よりも密度の濃い時間を過ごされたと察します。
これから生きていれば、まだまだいろいろな事があると思います
できればですが、俺のスナックには通い続けていただきたい。
なぜなら、貴女の魂は本当に綺麗だからだ。

おわり


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