小説「けむりの対局」・第8話
勝つのは、どっちだ? 升田幸三 vs 人工知能
正午からの昼食休憩を終え、最上階にある食堂から皆が対局場にもどってきた。ただ一人、升田だけは、タバコが食事の代わりだと言ってここに残り、もくもくと煙を立ちのぼらせている。
午後一時、対局再開。
局面は中盤戦を迎えて、双方の駒が激しくぶつかり合っている。升田は角行をさばいて敵陣への成りこみを果たしたが、その代償として戦友は、桂馬を一つ奪い取った。だが戦友の陣は守りの金銀の配置が乱れており、攻めを呼びこみそうな形。升田、やや優勢か。
升田は、タバコを吸いつづけている。煙を吸い、吐き出しながら盤上の駒を動かしつづけている。
その喫煙方法が、独特だ。一本のタバコを、二口、三口吸ったのち、惜しげもなく灰皿で揉み消し、それを縁の部分に置いていくのだ。すでに、ハイライトは三箱目。吸いがらに変えた五十本ほどのタバコを、円形の灰皿の外周に、一本一本きれいにそろえて並べている。まるで菊の花びらのようだ。
「二百本を並べたらぁー、大きな菊の花が咲くぅー」
と、升田は鼻歌まじりの声を出し、
「タバコはやっぱりウマイのう。バナナのタバコにゃ懲りたけど」
そう付けくわえた。
「バナナのタバコ……?」
記録係の菊地亜里沙が思わず小声をもらすと、
「戦地ではな、タバコの代用として、バナナの葉っぱを刻んで紙に巻き、吸うておったんじゃ。いやもう、マズイのなんの……」
升田がそう言い、さらに続けた。
「君たちは、いいなあ。平和な時代に生まれて、好きなだけ将棋が指せて。ワシは、二回も戦争に取られた。最初は、二十一のとき、故郷広島の第五師団本科歩兵第十一連隊に。内地の勤務だったが、三年間を空費した。お次は、二十五のとき、独立歩兵第五連隊に。こんどはミクロネシアの激戦地ポナペ島で、二年間死線をさまよった。将棋の伸び盛りの二十代に、五年間もじゃよ。あの歳月の無駄さえなければ、ワシは名人に香車どころか飛車を引いて勝った男になっていたやもしれぬ」
若い女流棋士たちに向かって語りながら、升田は四箱目のハイライトの封を切った。
すると、場の空気を和ませようと考えたのか、松下春菜が
「今回の電人戦の協賛社であるコンビニエンスストア・フランチャイザー様より、恒例の、三時のおやつのご提供があります」
そう言いながら立ち上がり、
「おうちで、オフィスで、全国の皆さまにご好評の『好き・カフェ・スイーツ』ですよ。お好きなスイーツをお選びください」
升田と早見、それぞれのもとへ行き、メニューを手わたした。
五種類のスイーツの写真が並んだメニューを見ながら、
「じゃあ、僕は、ロールケーキを」
と、早見。
「じゃあ、ワシは、エヘレトカゲを」
と、升田。
「え? えへ? えへれ……?」
首をかしげる春菜に、
「エヘレトカゲ。ポナペ島に棲息する、グロテスクな生き物じゃ。おやつ代わりに獲って食っとった。いやもう、マズイのなんの……」
升田はそう言い、タバコの煙を大きく吐き出した。
放送の中継画面には、視聴者からのコメントが続々と流れている。
「升田先生、だんぜん優勢!」
「このまま戦友を攻め倒しちゃえー」
「タバコの煙で、かっけー先生の顔が見えねーっ」
「ついでにアームロボットもタバコ吸ってみろwww」
「それ行け、やれ行け、もっと行け。メメクロ」