ショートショート「孤高のテレワーク」
削りたての鉛筆を握りしめながら、僕の心は満たされていた。ようやく自分だけの時間を手に入れることに成功したのだ。
小さな和室で背筋を伸ばし、古びた座卓に向かい、まるで小説家のような自分の姿に酔いしれていた。今にも爆発しそうなその感情を、目の前に広がる真っ白な紙にぶつけたかったのだ。
思い返せば、小説を書ける環境を作るまではそれなりに時間がかかった。職場の責任者を粘り強く説得して、自分の部屋で仕事を完結できるように働き方を変えてもらう必要があった。仕事をさっさと済ませれば、あとは好きなことに打ち込める環境を作りたかったのだ。
僕は希望が通りやすいように、誰よりも常に真面目に仕事に取り組んだ。
働く場所を変えたかったのは、別の理由もあった。その職場には、嫌なやつが多すぎたのだ。無作法で育ちの悪いやつ。隠れてパワハラしてくる、先輩顔したやつ。
なかでも、職場の責任者がいちばん許せなかった。僕が虐められていることを素知らぬ顔で済まそうとして、いつも僕だけに仕事を大量に押しつけてくるのだ。あいつには殺意さえ覚えた。
あの場所でそのまま仕事を続けていたら、自分がどんな行動をとっていたのか、想像するだけで怖かった。そもそも、単純作業ばかりのあんな小汚い工場では、僕の才能は埋もれていただろう。
とにかく、新しい仕事場は、独りになれるまさに理想郷だった。
世の中には「テレワークは苦手だ」という人種もいるようだが、信じられなかった。まるで金網のケージから解き放たれた鳥のように、僕は大空を舞う気分だった。
難点を挙げるとしたら、部屋の寒さが堪えることくらいだっただろう。その小部屋には暖房がなかったからだ。とはいえ、それも僕の神経を研ぎ澄まさせてくれる要素だと思えば、好都合にさえ思えた。
さあ、これでやっと、前からやりたかった小説に取り組める。そんな気持ちを高ぶらせながら、僕は座卓に向かった。
パソコンなんてないが必要なかった。あるのは、紙と鉛筆だけ。むしろその方が、何だか明治の文豪のようで、僕のクリエイティブな気分を盛り上げてくれた。
こうして僕の物書き人生は、寒さでかじかむ手を温めながら、ひっそりと幕を開けた。
「おい。三十三番、夕食だ」
三畳ほどの独房に入ったあの冬の日から、一年が過ぎようとしていた。僕は毎日、午前中までに仕事を終わらせると、夢中で鉛筆を握りしめた。
責任者を気取って、工場で威張り散らしていたあの看守とも、目を合わせるのは一日二度運ばれてくる食事のときだけ。
差し出された不味い飯をとっとと済ませた僕は、消灯までの時間、孤独な執筆活動に魂を削った。
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