誰に口をきいたのか
2014/12/14 記
調子に乗って痛い目見たのは、今日の主役は俺じゃないよ。
守屋さんと八王子の拘置所にいた時、雑居に初犯の斉藤くんがきた。
車上荒らしの執行猶予中にチャリンコ泥棒でパクられた気弱な青年だ。
これがあの強面の守屋さんにビビってるわけだ。
その上、これから刑務所へ行くってんで時折メソメソ泣いたりしていて、他のものにも気を遣わせるものだから、奴のために舎房の雰囲気は非常に気まずい。
ある日の運動の最中に守屋さんが、
「奴には出てってもらおう」
と、ひとり早めに運動を切り上げて、出てきてない斉藤くんの元へ向かった。
あの野郎ほんとに気分が悪いから、とか何とか言ってたから、ガッチリ言ってくる雰囲気で行ったものの、守屋さん。
これがイケイケのくせになんか涙脆いところがあって、俺たちが運動から戻ってくると、追い出すどころか斉藤くんと向かい合って諭すように言っている。
「俺だってゴッサンだって相談に乗るしよ、なんだって同じ臭い飯食ってる仲間じゃねえか」
ぶるってた守屋さんにそんなこと言われて斉藤くん、
「ありがとうございます」って、大泣き。
なんじゃ!この話の違った展開は?
ひと通り斉藤くんが落ち着くと守屋さん、またしても親心か、斉藤くんに
「将棋やるか」
って。嬉しそうに斉藤くんは「はい」と答えて駒をそろえた。
パチパチ始まると
「誰に将棋を教えてもらった?」
斉藤くんは、
「親父です。親父以外の人とやるのは初めてです」
ときた。それが斉藤くんの不運の始まりだった。
この斉藤くん、親にはぞんざいな口を聞くタチだったんだな。
夢中になると親父と将棋をやってる気になるのか、口の聞き方が変わってきた。
盤から目を離さずに食い入るように見つめながら、
「そうか、そうきたか…そうはいかねえぞ、と」
パチリ。
すると守屋さん、
「おう、いい手だな」
パチリ。
「そうくると思ったよっ…このやろっと」
斉藤くんがパチリ。
誰と将棋やってるかわからなくなってる。
見てておかしくなってきた。この態度に守屋さんびっくり。俺の顔を見ながら
「なかなかいうね」
パチリ。
斉藤くん、
「よし、これでどうだ。ほい、おおてだよっと…」
斉藤くん、完全に親父となってる気になってるようだ。
ふーむ。とか言いながら歩を打つ守屋さん。
パチリ。
するとその後斉藤くんがやっちまった。
「ちぇ、歩かよ。シケた野郎だなっと」
パチリ…と行く前に守屋さんに引っ叩かれて吹っ飛んでたよ。
「お前さっきから誰に口聞いてんだ?」
ハッと我に帰った斉藤くん、すみません、すみませんと謝りながらまた大泣き。顔が引き攣ってる。
笑ったな。
あれからあいつ、懲役上手くやれてんだろうか。
よく周りを見ないとね。
シャバで守屋さんと会うと必ずこの話になって、
「あの野郎、おれのことシケた野郎なんて言ったのはあいつだけだ」
と、今でも根に持ってるから余計に笑えるんだ。
PS
城田さんの振込はなかった。
保護会も今日付けで強制退去だといってた。心に隙間風がふいた。