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19年ぶりの男

2015(平成27年) 6月29日 記

 おい、運命のめぐり合わせか、世間が狭いというのか驚いた。
 新入房から雑居へ移ると覚えのある顔がひとり。
 そうだよ。19年前に初犯で東拘の図書に務めた時、隣の舎房で調べ所に配役させられてたKサンだ。
 前にも言ったこと有ったろ。東拘に務めた時は舎房でタバコ吸ってたんだぜ・・・って。
 オヤジの机の上からタバコとライターを拝借して来てた本人だ。
 また今回同じ時期に東拘に送られて、同じ棟の同じ階のそして同じ舎房で会うなんて不思議なものだネ。
 このKさんが舎房に持ち込んだのはタバコだけじゃない。未決の残した菓子や本まで持ち込んでた。
 窃盗犯ならではの荒ワザをあますところなくくり出していたよ。
 図書も調べ所も、休日は交代で出役する。ある日ひとりでルス番していたKサンの舎房に捜検が入った。
 その時、未決からくすねて来ていた官能小説を読んでいたKサン慌てて本を隠そうとしたがあまりに焦っていたせいか、どこに隠したら良いかとっさに思い浮かばない。部屋の捜検は順にどんどん近づいて来る。追い込まれたKサン、何を考えたのかタタミをはがしてその下へ本を忍ばせた。しかし、扉が開かれると不自然に盛り上がったタタミは怪しさ満点。すぐにオヤジに見つけられ、懲罰食ったあと、補洗工場へ飛ばされた。
 やっと俺の顔を思い出したひとつ年上のKサン。

「よく覚えてるネ」

と。仙台育英の体操部で幼い頃からの英才教育を受けていたKサン。
 あの頃のように、逆立ち、バク宙、できますかと聞くと。

「当たり前じゃんか」

なんて言うけど、何度挑戦しても彼が逆立ちで静止する事はできなかった。

「Kサン。それが過ぎてしまった19年の月日ですよ。」

PS
ああ、思い出したよ。
ちょつとまって、とか、おかしいな、とか言いながら最後は壁に寄りかかりながらやってんだけどできない。
 年取って、今までできたことができなくなると、それを受け入れたくないんだな。よくわかるよ。
 若い時は、運動神経がよくて、なんでもできる自信があるものだから、できずに壁にぶつかると不思議な気持ちになる。なんでできねぇんだよ。ってムキになる。そしてできるまでやる。やっとのことでできるようになって初めて納得する。
この時生まれるのが自信で、かける時間が努力なんだろうな。そしてそれに費やした時間の長さがセンスだ。
 勿論人には向き不向きがあるからできない人もいる。俺にだってあるさ。
 そこで初めからできないと決めてやりもしないやつを許せなかった時もある。
 でも今ならわかる気がする。
 無駄な努力はしないという憎たらしい物言いも、時間の無駄という勘に触る物言いも、その通りなのかなって。
 そう言うやつは全てに無関心に見えたけど別の分野で別の努力とセンスを磨いてたのかもな。

待てよ。
 俺が何度も何度も繰り返し練習してる姿を見て近所のおばさんたちは、同じことしてる他のやつには一生懸命だとか努力の人なんて言ってるくせに、なぜか俺のことは
「諦めの悪いやつ」
しか言ってくれなかったのはなぜだ!
 
 本人は気に入った女を落とすのに、ウルトラCを見せるだけで意外と上手くいったというから、武器がひとつ減ってしまう不安に焦ってたのかもな。
 でも今、その努力が報われないのは自信でもなく、努力不足でもない加齢という悲しい現実だよ。

(写真)
東京に一時戻って帰らずに、強制退去になった城田さんの逮捕をニュースで知った。貸した金は返ってきそうにないのに留置場から手紙が来た。
「現金3万、丸首2枚、スウェット紐なし下、辞書」
だって。

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