廃人への特急券
2015/1/3 記
同級生のタケシはヤクザになって覚せい剤で商売していた。
武闘派の奴は派手なケンカをする無敗のプロレスラーのようだ。
ところが一旦、薬が体に入ると『ケンカはいけないよ』と180度変わる。
薬でイケイケになる奴は、事件を起こしニュースになったりするが、奴は真逆で家にこもるタイプだ。
良くあるパターンで、やがて自分の限界に挑むかのように薬の量が増えてくると、警察だとか付けられてるとか言い出すようになった。
「尾行してくる怪しい車のナンバーを控えたんだ。
そのくらい用心しなきゃ。ゴッサンも気をつけた方がいいよ』
と言われて控えを見せてもらうと、レポート用紙にびっしり数十台もの番号が・・・。しかも用紙は一枚じゃない。(アホか。片っ端から書いてるだけだろ)。俺は言ったよ。
「いったい何台の覆面を使ってんだよ。そんな人数で内偵って、どんだけ大物なんだね、チミは?」
『それにね、ナンバーにゾロ目があるのは要注意だね』
と、人の話は無視しといて、全く根拠の無い話になっている。
奴がいつだったか入れ墨を彫った帰り、車の中で、
「今薬を持ってる?」
人の倍掘るので痛みが酷いと言ってる。
持ってるよと答えると、早く早くとうるさい。面白いから
「警察につけられてやしないか?」
と聞くと、『平気平気』。
と、答えた奴は今のところシラフだ。だが1発入れたらわからない。
「なぁ、もし一発入れて、尾行されてると言い出すようじゃ、お前おかしいんだぞ。わかってるか』
って。
『大丈夫。誰も付いて来てない。だから早くちょうだいよ。』
と、後ろも見ないで言っている。ほんとに都合のいい男だ。
品物を渡した途端、車を降り、はコンビニのトイレで一発入れようとレジでトイレの使用を申し出るが、トイレはないと断られた。
すると待ちきれないやつは、
「トイレがなけりゃ、お前らどこでくそすんだ!」
と、レジのカウンターを乗り越えて行った。一瞬その場からいなくなろうと思ったよ。
戻って来ると、今し方、トイレの使用を断られても、無理やり押し入ったイケイケの男はどこへ行ったのか、 店を出てくる姿はロボコップを思い出させるぎこちなさだ。
後部座席に乗り込むと座席で落ち付かない。始まった。
しかし、さっきあれだけ俺に言われてるので、「付けられてる」とは口に出せない。後ろを振り返りたいのも我慢しているようだ。
あんまりにもおかしいから、
『付けられてんだろ?』
と言うと申しわけなさそうに奴は言った。『いるね』。
またある日こんなアホな場面も。
奴が運転する車の後ろに乗ってたとき、薬の客が助手席に乗って来た。
コンソールボックスの上に品物は有るのだが盗聴されてる上、カメラも有ると思い込んでいるから、渡す事ができない。
客も一刻も早くかえりたいのに、なかなか品物を渡してもらえないんじゃ不安にもなる。
しかし、コンソールボックスの上にある一つのパケを、指さすこともできなけりゃ、持って行けとも言えなくて時間が過ぎる。
「あの、もらえませんか」
客も痺れて催促しだすと、なんと、
奴は鼻歌を歌い出した。
♬ふふふ~ん。そこにおいてあるでしよおおうううう~♬だって。
替え歌にすりゃいいんかい!
バッカじゃねーのーだ。さんざん付けられてると言って後を気にして走ってんのに、前から来たパトカーにすれ違いざま気づくと
『わあ。本当の警察だ』
と驚く。それじゃ後ろをつけてきた奴は何者だったんだよ!
やがて奴の病状が悪化してくると、外でイヤホンしてる人を、刑事と思って殴ったり家族の前でも暴れたりとエスカレート。
府中の運動会で俺を見たと言ってたらしいが、奴は俺が出たときすでに病院に入っていた。
見舞いに行った際の写真を見せてもらうと、レスラーのようだった男の肩は小さくやせほそり、車椅子に乗ったまま、一心不乱にアイスキャンディーを喰っていた。
こうも人間を変えてしまう怖ろしいものが有るのか。
俺も十分片足突っ込んでいるんだろうな。
PS
これまでの間、いろんなポン中を見てきたけれど、なんだかおかしくなってしまうのは、やる量がどんどん増えていくタイプの人間だ。俺のようにいつも決まった量しかやらないのは比較的おかしくならない。
…気がする。
365日、1日も開けないんだから、おんなじか。
その後、やつとは思わぬところで再会するんだ。
この話はまた今度
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