廃人になった友達(他5話)
2015(平成27年) 6月14日 記
ポッポって小学校の時からの同級生が居るんだ。
もちろんマサも知ってるよ。
一時はヤクザやってた。
頭悪いけど格闘技好きの武闘派だ。力もある。頭悪いから手加減ってものを知らない。だから余計に怖い。
奴に泣かされた後輩は数知れずだ。
シャブの売をしていたよ。
自分でも食うがその量がハンパじゃない。
シャブによれるやつは大抵一度に大量摂取するタイプだネ。
奴が懲役に行くようになってからは俺も懲役で、シャバで会う事はなくなった。
前々刑出て来たとき、奴は施設に入ってると聞いた。
奴の弟とマサが時折、面会に行ってるという事だが家であばれて警察来て、尿検しても覚せい剤は出ないので精神病院へ入り、その後施設暮らしというのだ。
薬をやってないのにおかしくなるようになってしまったのだ。
電話で話をしたよ。
俺が府中に勤めている時、奴も一緒だったらしく運動会で俺の事を見たと言ってた。
そして今年俺が帰って来たとき、マサに奴の事を聞くと、もうダメだよ。 まともじゃねェと言った。
薬はやってないらしいが施設で飲まされてる薬のせいじゃないかと。
その薬を止めろと言ってもそっちがやめられないようだって。
俺は今回、榎本クリニックで十数年ぶりに奴と再会した。
普通に話ができない。
もう俺の知ってる男じゃなくなってたんだよ。奴が居る施設ってのは榎本クリニックの事だったんだ。
例の服部のおばさんが俺に言った。
『あの人はもう社会復帰できないわよ』って。
おい待て!3年前は電話で俺と普通に話をしてるんだ。
あきらかにここに入院してからおかしくなったんじゃないのかって。
そしたら
『あの人はここに来た時からああだったわよ。』って。
クリニックに対する俺の不信感はこの時生まれたんだ。
服部の言ってることが嘘だって俺は知ってるんだから。
揺さぶりをかけろ
2015(平成27年) 6月15日 記
マサが面会に来たよ。
『お袋サン手術するんだってサ。』
「なんだって体弱くなっちまったな。チクショウ。」
『仕方ないよ。やっぱなし年には勝てない。まあできるだけのことはするよ』
「ああ、たのむよ。今はまだ何も俺から言わない方が良いと思うからサ。」
『ああ、怒ってるからネ。でもあの怒りがあれば安心サ』
「なあマサ、先生は言うんだよ。『クリニックは通報しなくても福祉が知ってしまったらあそこは公務員ですから通報しますよネ。』って。」
『やっぱりそうだろ!』
「でも、それって裏切りだろ。そんなのあるかネ。いや、いいんだよ。薬やった俺が悪いんだ。だけど知りたいんだ。誰が俺を唄ったのかじゃない。クリニックと福祉が俺をだましたのかそうじゃないのか。」
『そうだよナ。本当だとしたらそんなのねーよナ。
そうだ。そういえばお袋サンのケースワーカーの林サンがゴッサンに金の返金が2万ナンボあるとかって・・・。』
「あの女。もし俺を警察に売ってたのだとしたらどのツラ下げてお袋のところへ顔出してんだか。
マサ、その件で林にTELしてくれ。そして、俺が信じてた人に裏切られたと、泣いてましたよとカマかけてゆさぶってみてくれ!」
『そうだナ。よしわかった。』
望んでないミーティング
2015(平成27年) 6月16日 記
前刑の月形刑務所で行われた薬物離脱指導にダルクの人が来て初めて話を聞き、その後専門の先生らを含めてグループワークってのをやった。
要はミーティングだ。
前に話したろ。あの時、同じような体験をした人たちの話を聞くととても馬鹿馬鹿しく思えて、その場は薬やめようと思うんだよ。
でもしばらくすると又、薬ぐらいたまにはよォ・・・なんて気持ちになる。
そうなる前にもう一度ミーティングに参加して又バカな体験だや心境を聞く事によって、再び思いとどまる。
初めバカにしてたこのミーティングがかなり有効なものに気が付いて、出所後、福祉で就労支援を受けてハローワークなんかに行くついでに、どこかの自助グループでこのミーティングに参加できないかナって聞いてみたんだ。それが、この悪夢の始まりだったって事だナ。
榎本クリニックにもミーティングはあって、皆積極的に参加している。という言葉を信じたんだ。
俺にとっては何をさておきこのミーティングが一番重要だったからネ。ところがあのクリニックで行われていたミーティングは俺の望むものとは全く違ったよ。
誰も何も言わなきゃ聞きもしない。無関心さ。たったひとり、一生懸命話をするオジサンが居たけど薬物ではなくてギャンブル依存症の人だった。熱弁をふるっていたけどジャンルが違うのでピンと来ない。
あのとき、このミーティングじゃ俺に何の役にも立たないとクレームつけたら、
『あなたが見本になって』だとさ。
そんな偉そうな立場ならこんなところへ来るかってんだよ。
すでにジャマだったろうネ俺が。あそこには自分の意思を持たない人間が扱いやすいのさ。
違うと思います!
2015(平成27年) 6月17日 記
弁護士の先生が面会に来た。
これまでこれほど足を運んでくれた先生はいない。
毎回2時間以上話をする。
先生は俺が薬さえ止めたら、社会でぞんぶんに良い働きができる力を持っている男だと信じて疑わない。
ありがたいけど先生、それは少々かいかぶり過ぎだよ。
ただそう思ってくれる分、今、裁判に対しては絶対のつながりがあるものの、これから刑務所へ行って、帰ってくるのは何年もあとの事で先生のビジネスとはもう縁が切れてる頃の事だ。
そんなずっと先の俺の未来を救おう、助けようとしてくれる気持ちが痛いほど伝わってくるよ。
だから俺は良いも悪いも全て本音の話をする。
今日は先生に尋ねてみた。
榎本クリニックに初めて福祉の林サンと行き、理事長と面談したのち、8Fのフロアーを見学した。
その時の患者さんたちの様子を見て、ちょっとがっかりした。
隣にいた林サンも初めてその光景を見たのだろう、おどろいた様子だった。
『先生、その時、自分はフロアーを見ながら林サンに聞いたんです。「林サン。俺はこの人たちと同じになってしまっているのか」って。・・・そしたらあの人ははっきり、「違うと思います」って言ってくれたんですよ。のちに彼女はクリニックの事を「あそこは宗教的なものを感じます」とも言ってました。
なのにどうしてクリニックの事、止めてくれなかったのかナ。』
「ゴトーさん。そこは判ってるでしょ。あの人もきっと辛い立場だったと思いますよ」
2015(平成27年) 6月18日 記
マサが面会に来た。
『なあマサ、先生もチンコロしたのはクリニックと福祉の方じゃないかって意見のようなんだが、いくらなんでもやっぱそれはなァ・・・。前に刑事も取調べで"福祉じゃないよ"と言い切ったし、やっぱりまさかクリニックが・・・』
「ゴッサンさあ。俺、電話したよ。林サンて福祉の女に。あれまだ若いネ。」
『そうだよ。まだ22、23歳って言ってたかな・・・それで何だって?』
「ああ、生活保護の金の内2万いくらだかを返金して欲しいって話なんだけど、まあこんなところにこうなっちまったんでいつでもかまわないっていう事だったかナ。」
『何だよ。そんな事かよ。そんなのどうでもいいんだよ。わかってるなら言って来んなってんだよなァ。』
「それで、ベラベラ言ってるから俺言ったんだよ。ゴトーは信じてた人たちに裏切られたんだと言って泣いてましたよ。ってネ。」
『おお?よしよし、そしたら?』
「そうしたら、アーだとかウーだとかモゾモゾやってるから、あいつは全部知ってますよ。と言ってやったんだ。」
『うん。それで?』
「そこからピタリとだまったまま、ずっと口きかないよ。ずーっとね。あの娘は判りやすい。ゴッサン。福祉で間違いない。」
『・・・・・・』
「どうした。」
『あの娘は今、どんな気持ちで福祉の担当をして俺のお袋に接しているんだろうか?』
真実が知りたい
2015(平成27年) 6月19日 記
先生の面会で林サンで間違いないというマサの意見を伝えてみた。
苦笑いしていたナ。
俺、それでも信じられないでいるんだよ未だにネ。
息子の帰りを待つお袋をずっと見て来て、やっと2人で生活できるようになったのに、息子を警察に売るようなことをするかナ。
クリニックの服部サンにしてもそうだ。
俺を助けたいと言ってたのは、お袋のことを安心させたいと言ってたのはこうして引き離すことだったのか?
そこで俺は先生に提案したんだ。
ダルクの他に榎本クリニックにも出所後の俺を受け入れてくれるよう確約を取りたいと。
公判の手の内強化というのも目的のひとつだが先生は首を横に振った。
やめた方がいいですと。
でも押し通した。榎本クリニックでつまづいたのでハイ別のところ、というのでは悔しい。
あえてもう一度あそこで更生した自分を見せつけてやりたいのだと。
そして公判の証拠提出も考慮して先生を通した上で服部サンに手紙を書かせてくれと頼んだ。
あの時の俺はクリニックに対しての不信ばかりがつのり、全てをまかせる覚悟ができていなかった。
今度帰って来たら何も疑わず、クリニックの治療の渦に自分を投げ込みたい。
そして必ず更生する姿をお見せするのでもう一度俺にチャンスを下さい。ってな内容のネ。
先生はようやく首をたてに振った。でもそれは服部サンが本当に俺の味方だった場合だ。
俺は知りたいんだ。あの人が敵なのか味方なのかの真実を。
あの人は手紙の返事をよこすだろうか。
もしも俺を裏切っていたのだとしたら、後ろめたくて返事なんて書けないのではないだろうか。
それとも絶対ばれるはずがないと、タカをくくってしらばっくれた返事をよこしてくるのか。
これで本当の事が判りそうな気がする。手紙の本当の目的はこれだよ。
PS
あの頃の俺は納得行かなかったんだろうな、今となってはどうでもいいな。
時間てのは全てを忘れさせるものだ。
(写真)
今日いらないTシャツの背中に、保護会の仲間の似顔絵を描いて黙って着てたら、 ウケたよ。(笑)