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全身全霊の狂気的恋愛「白いしるし」西加奈子
自分の精神が溶けてしまうほどの、狂ってしまうほどの恋をしたことがある人はこの世にどれほどいるんだろう。
この小説を読むと、ふとそんな疑問が浮かんでくる。
解像度高くて、しっかり傷つき、人生を狂わせ、社会のシステムからしっかりと放り出されるような恋愛。
狂気じみた恋愛。
そんな恐怖じみた思い、否、想いに囚われながらも、その人に向かっていく足を止めることが出来ない。
主人公の夏目という女性は、過去に幾多もしっかりと失恋し、この手の危なっかしい男性についていくことは文字通りリスクがあることを百も承知の上だった。
しかし、「想い」の列車は停めることが出来ない。
限りなく無効にはならない。
「間島昭文」という男はそんなリスクの伴う男だったが、彼の展示会での美術作品を観た時、その美しさに夏目は目を奪われる。
この絵が好き。この絵が好き。
この小説には繰り返し文が多々出てくる。
それだけ主人公の夏目の繊細な思いが二重にもなって強い思いとなって表れている証拠だと思う。
だけど、彼は「間島昭文」は彼女のものにはならない。
決してならない。
それは夏目も最初からわかっていたこと。
だから、この恋愛の終焉が精神を掻きむしらされるような非情な想いになることも折り込み済みだった。
私たちの恋は、富士山のような立派なものではなく、誰にも振り返られることのないちっぽけな、ただの恋だったのだ。
彼女に取っての恋愛は、側から見ればただのフツウの恋だったのだと思う。
だけど明らかに彼女に取っては、他に類のない一つのスペクタクルな鋭利な恋愛だったのだと思う。
恋の終わりに彼女はまた一つ悟り、精神の熟成を増すのだと思う。