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「パッとしない子」辻村美月

「世の中には、尊敬しなくていい大人もいるんだ、と。佐藤先生は、ぼくにそれを教えてくれた、初めての人です」

「パッとしない子」辻村美月

これほど解像度高く、多くの人が経験したり感じたりする内容を文章に落とし込めるだろうかと、辻村美月の作品を読むときはいつもそう思うのだ。

今回紹介するのは、辻村美月のKindleシングルの作品「パッとしない子」だ。

簡単なあらすじを記載しておく。

小学校の図工教師の松尾美穂(旧姓は佐藤)は、教え子で人気絶頂の人気アイドルグループでメディアでMCも務める高輪佑(25歳)がテレビの取材で勤務する学校に来るのを高揚する気持ちで迎えていた。

佑の直接の担任をしたことのない美穂は彼の弟のクラスの担任をしていたことはあるが、佑のことはそこまで目立つキャラではなく、いわゆる「パッとしない子」として記憶していた。

その取材の終わりに佑は、偶然にも美穂と出会し、美穂にある話しをしたいから時間をとって欲しいとつたえるのだが、、

「パッとしない子」あらすじ


何気なく言った一言が、実は相手を地獄のどん底に突き落とし、人生を狂わせるかもしれない、ということをこの短編を通して伺い知ることができる。

「あの時、あなたはこう言いましたよね。私はそれでものすごく神経を病み、人生が狂わされました。ずっと恨んでいました。」などと過去に関わっていた人から言われたらとんでもなく動揺するに違いない。

こちらとしては、その人との関係性は何も問題なく、支障なくやり取りしていただろうにと思うのに、全く思わぬ角度から鋭利な刃物で頭をグサっと突き刺されたような衝撃があるに違いない。

社会とは人との関わりの中であらゆることが進んでいくが、この人間関係の複雑さとは本当に厄介なものだと思い知らされる。

ある人にとっては尊敬に値されるような人であっても、また別のある人にとっては憎悪の対象であることが往々にしてあるのだ。

実はあの時のあの子は静かで何も主張しなかったし、コミュニティの中心人物ではなかったかもしれないけれど、観察眼は凄く、ずっと心底虚しい思いとやりきれない日々を送っていた可能性がある。

私は、仕事や何かでちょっとした嫌な人に何か嫌なことをされた時、「あ、過去に自分も同じようなことを誰かにしてしまったんだな」と多少は思うようになった。

それは本を読んで学んだ内容もあるし、一次情報で自分が学んだ内容でもあるからだ。

「人からされることは、過去に自分が人に対してやってしまったことである。良くも悪くも。」


しかし、この物語の中で美穂は佑に対して思うのだ。

繊細すぎてついていけない、と。

人の言葉をいちいち覚えていて、勝手に傷つくのはやめてほしい。こっちはそんなに深く考えていないのに、繊細すぎる。

「パッとしない子」

これは美穂が佑と話す中で彼に抱いた印象だが、この2人きりでの話し合いは緊迫感が凄い。

しかし、佑も別れ際のセリフのエッジが効いている。

やった方は覚えていなくても、やられた方は覚えている。ーーー正直、そんな一般論でいじめを語る時みたいな薄っぺらい言葉で片付けないでもらえますか。わからないならそれでいいですから、ぼくがあなたみたいな教師だけは許せないし大嫌いだって思ってることだけ、知っておいてください」

「パッとしない子」

だが、私は思うのだ。

佑は若いな、と。

それだけ人気絶頂のアイドルになったからには君の一言が相手に与える影響の大きさは計り知れない。

今度は佑が、相手に伝えた正義感ある言葉が、相手を地獄のどん底へ突き落とそうとしていることを。

美穂を奈落の底へと突き落とそうとしている。

思ってもいなかったところで人間関係はほつれている。

それをたまたま自分が耳にする。

そうか、自分はあの人に、あの人たちに、嫌われていたのだ。

憎まれていたのだ。

これは衝撃であり、厄介だ。

しかし、全ての人から好かれることはできない。

必ず誤解は生まれるし、嫌われることもある。

理解し合えることの方が希少なのかもしれない。

だからこそ、深く理解し合えた時の心情の紐帯(ちゅうたい)はゆっくり深く堅牢なのかもしれない。

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