ドン・キホーテの狂気
夕方、電車の乗り換え駅の構内で、「FREE HUG」の看板を掲げる女性を見かける。日に焼けた肌が健康的な彼女は、去ろうとする白人男性に満面の笑みで手を振っている。その横でミスタードーナッツが臨時出張販売しており、私の関心はそちらにすぐ移つた。ドーナッツは買わなかった。
夜、家で蕎麦を食べた後、近所のコンビニまで奥さんと散歩。その途中で、奥さんがしょうもない駄洒落を言う。最近の彼女はよくくだらない駄洒落を言うので、二人でいつもへらへら笑っているのだが、思えばなぜ駄洒落(または親父ギャグ)はくだらないものとされがちなのか。同音異義語を複数組み合わせ、意味の通じる文章に仕立てる。よく考えれば、複雑な言語操作である。たまにテレビでデーブ・スペクターが日本語で駄洒落を連発して他の出演者に呆れられているが、彼の芸当を真似ることのできる人材が一体どれほどいるのか。例えば自分が(母国語ではない)英語で駄洒落を連発せよと言われたら、それがどれだけ難しいかが身に染みて分かる。かなり知的な行為ではないか。”駄洒落 なぜ見下されるのか”で google検索してみると、Yahoo!知恵袋に投稿された類似質問記事が山のように出てくる。回答記事をいくつか読んでみると、内容が悉く真面目で、洒落っ気が全くない。
その後にジム。また『ミメーシス』を読む。第14章にて、スペインの文豪セルバンテスの『ドン・キホーテ』が。かなり詳細に分析しており、他の章と明らかに著者の熱量が違う。いつか読んでみたいと思っていた作品なので、こちらも興味深く読む。
騎士道物語を読みすぎで頭の狂った50過ぎのおじさん、ドン・キホーテが御供のサンチョと共に繰り広げるドタバタ・コメディという認識だったが、本書では当時の文学の中では相当に前衛的・先駆的な作品であったことが論じられている。
例えば、ドン・キホーテは完全なる狂人ではなく、騎士道が問われない限りは結構、常識的な紳士であったりして(サンチョも、彼の狂気に振り回されながらも、ドン・キホーテのことを狂人として見下すことはなく、総じて彼には主人としての敬意を抱いている)、決して一面的ではない人物造形だったりする。
また、物語上の葛藤や悲劇的な要素など、当時の文学上の重要な要素を敢えて追究せずに相対化してみせたり、一筋縄ではない。
第三十章のはじめのところで、住職が彼をためすために、囚人を解放したら起るかもしれないさまざまの悪い結果について話すくだりでも、彼は全く同じように、自分が悪いとは思っていないのである。虐げられている人々を助けることが遍歴の騎士の義務であって、そういう人々の苦しみの当否を吟味することは義務でも何でもないと、ドン・キホーテは怒っていう。それでもう彼にとって問題は片づいたのである。もっとのびのびとして優雅な陽気さのみられる後篇では、もはやこのような葛藤さえ消してしまっている。
したがって、ヨーロッパ的な問題と悲劇が形成された時代の傑作の一つでありながら、セルバンテスのこの書物の中には、問題性も悲劇性もほとんどみられないのである。ドン・キホーテの狂気が滑稽になるドラマ、それがこの書物全体の内容である。
E・アウエルバッハ(著)篠田一士・川村二郎(訳)『ミメーシス 下 ヨーロッパ文学における現実描写』筑摩書房
,p.151
登場人物たちを様々な状況に置き、その人物の様々な一面を引き出してみせるというのも、当時としては珍しい試みだとか。
つまりそれは、実にさまざまな人間を非常に異なったいくつかの状況に異なったいくつかの状況において想像してみることのできる力強い能力、その時々に彼らの頭の中にどんな考えが浮かび、心にどんな感情がわきおこり、どんな言葉が口をついて出るかということを生き生きと脳裏に思い浮かべてそれを表現することのできる力強い能力である。
同上,p.164
最後に、著者は次のように絶賛している。批判的かつ「無」問題的に描く、というのは今でも新しいかもしれない。
日常の現実をこれほど広くあまねく、多層的に、それでいて批判的に、そして無問題的に描こうとしたものはヨーロッパにその後ない。やろうと思ったところで、いつどこでそんなことが可能でありえたか、筆者には想像することすらできない。
同上,p.171
続いて15章を読むと、モリエールやラシーヌなどのフランス古典主義(古代ギリシャ・ローマの作品を規範とし、理性・調和・形式美を追究する潮流)の作品が取り上げられるが、ドン・キホーテののびのびとした自由闊達な文体から一気に古臭く堅苦しい文体に。大学生のとき一時の興味本位で読んだモリエール『人間嫌い』の文章が引用されるが、内容を全く憶えていない、、
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