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梨の食べごろ

電車の中を歩いた。窓の外は暗闇で、いまどのあたりを走っているのか確証はない。網棚の上の広告をひとつひとつ読み上げる。脱毛して、発毛して、脱毛して、転職して、また脱毛して…。

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寝室から妻がやってきた。ウサギの咀嚼音が心地よくて、眠ってしまったらしい。ウサギの咀嚼音て何だ。ウサギが梨をしゅりしゅり齧っている動画を眺めていたら、ウトウトしたらしい。ウサギが梨を食べているだけの動画なんて面白いの、と妻に訊いた。面白いよ、とのこと。

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幸福は時を引き伸ばす。毎日が一遍の長編小説のように長く感じられた。毎晩が二本立ての映画だった。毎週が一生に等しかった。静かな一生。いつも彼女の胸の下にドア・ストップのように無理矢理押し込められている悲しみが、その効力をなくすような一生。

イーディス・パールマン(著), 古屋美登里 (翻訳)『蜜のように甘く』亜紀書房,p.99

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海のそばをジョギングした。ライムイエローの夕焼けで、その残光にきらめく波打ち際はシャンペイン・ゴールドだった。

ちなみにライムイエローがどんな色か知らずに書いている。シャンペイン・ゴールドもどんな色かしらない。シャンペインを飲んだことがないし、ゴールドも目にしたことがない。

不況になるとゴールドの価格が高騰する。好景気になったらゴールドに投資しなくては、と思っている。そう思いながら長い月日が流れ去った。時の巡りは早い。昨日や今日のような心地のよい季節も、どうせすぐに終わる。

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ジョギングの帰りに八百屋に寄った。梨が食べたかった。軒先に誰もいない。薄暗い店内。鎌倉にはそんな類の八百屋がよくある。売り場の奥の暗がりの向こうに、店主がいるのかいないのか。気配はなかった。梨も無かった。よく考えたら、財布も持ち合わせてなかった。

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海の向こうからやってきた夕闇は、じわじわと街中を這い上がり、やがて山々の頂きを底に沈めた。

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