夜の動物園
8月土日祝のズーラシアは、開園時間を20:30まで延長し、夜の動物たちを特別に公開する。動物たちの貴重な夜間行動が見れる。
昼間のペンギンたちは、岩場から池に飛び込んだり、水中を泳いだり、喉を振るわせて鳴き声を上げたり、それぞれが自由活発に振舞っている。しかしこの日の夜は、皆が揃って岩場に立ち、微動だにせず、外灯が照らす方向を黙って見詰めている。なんだか黙示録的な光景である。
あるいは、夜ごはんを食べるマレーバク。
夜の草原を全力疾走するシマウマなど。
夜間ゆえに見れない動物も多い。ほとんどの鳥類は展示中止。一推しのキノボリカンガルーなども。それでも夜の動物園は幻想的で、その雰囲気を味わうだけでもわくわくする。
夏目漱石の『吾輩は猫である』で、寒月君が先生に対して、夜の上野公園に行って虎の鳴き声を聴きに行こうと誘うくだりがある。彼の気持ちがよく分かる。私も少しの間、目を瞑り、耳を澄ます。
「虎の鳴き声を聞いたって詰らないじゃないか」
「ええ、今じゃいけません、これから方々散歩して夜十一時頃になって、上野へ行くんです」
「へえ」
「すると公園内の老木は森々として物凄いでしょう」
「そうさな、昼間より少しは淋しいだろう」
「それで何でもなるべく樹の茂った、昼でも人の通らない所を択ってあるいていると、いつの間にか紅塵万丈の都会に住んでる気はなくなって、山の中へ迷い込んだような心持ちになるに相違ないです」
「そんな心持ちになってどうするんだい」
「そんな心持ちになって、しばらく佇んでいるとたちまち動物園のうちで、虎が鳴くんです」
「そう旨く鳴くかい」
「大丈夫鳴きます。あの鳴き声は昼でも理科大学へ聞えるくらいなんですから、深夜闃寂として、四望人なく、鬼気肌に逼って、魑魅鼻を衝く際に……」
「魑魅鼻を衝くとは何の事だい」
「そんな事を云うじゃありませんか、怖い時に」
「そうかな。あんまり聞かないようだが。それで」
「それで虎が上野の老杉の葉をことごとく振い落すような勢で鳴くでしょう。物凄いでさあ」
「そりゃ物凄いだろう」
「どうです冒険に出掛けませんか。きっと愉快だろうと思うんです。どうしても虎の鳴き声は夜なかに聞かなくっちゃ、聞いたとはいわれないだろうと思うんです」
夏目漱石『吾輩は猫である』
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