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俺は貴様に一目置いてたんだぜ

風邪がぶり返す。鼻水がもう辛くて、在宅勤務に切り替える。夕方、遅めの昼食を食べながら、PCで黒澤明の映画『椿三十郎』を観る。月初にTSUTAYAで借りてきたDVD。試しにTSUTAYAプレミアム会員になってみたはよいが、借りてから1か月近く放置していたわけで、私は本来的に映画というものが好きではないのかもしれない。好きな映画がたまたま好きなだけで。映画そのものに対する愛がないんだと思う。ちなみに、借りてきたDVDはあと4本ある。

黒澤明が監督する映画をデビュー作『姿三四郎』から制作順に制覇するプロジェクトが私の中だけで始まったのが、およそ2年前。『羅生門』まで観て、次の『白痴』はドストエフスキーの原作を読んでから観ようと思い、亀山郁夫訳の光文社新古典文庫版を読み始めてみたら、当時2巻までしか発売されておらず(全4巻)。3巻の発刊を待つうちに、プロジェクトはうやむやになっていた。間をすっ飛ばして『椿三十郎』を観るのは、制作順に制覇するというルールを破ることにはなるが、それでも観ようと思ったきっかけはラジオだった。

ある夜、人気のない社殿で九人の若侍が密議していた。城代家老に汚職に関する意見書を提出したが受け入れられず、逆に大目付に諭され鬱憤を貯めていたのだ。そこへ物陰から一人の浪人が現れ、大目付が黒幕であると助言。現状はその通りで浪人は若侍達を手助けする事になり、お家騒動に巻き込まれていく・・・・・・。

日本映画データベースより)

そうだ、死ぬも生きるもわれわれ九人だ!と意を決する若侍たちに、ゆっくり背を向ける、とすぐに振り返り、十人だ!てめえらのやることは危なくてみちゃいられないや、と啖呵を切る三船敏郎。冒頭から話運びが巧みで、展開にストレスがない。緊張と緩和のメリハリも印象に残る。緩和と言えば、救出した母娘が終始のんびりとした調子で、逃亡中なのに馬小屋のほし草の上に寝っ転がる絵面の呑気さたるや。そんな浮世離れした母親のふとした発言が、荒くれものの椿三十郎を一瞬、黙らせる。

「あなたは、少しギラギラし過ぎます。抜き身みたいに。本当にいい刀は鞘に入っているもんですよ」

緊張は、最後の決闘シーンを頂点に極まる。どっしりと構えた重厚な三船敏郎と、剃刀のように鋭い目をした仲代達也。対照的な二人が向き合い、最後の言葉を交わす。会話の間、鳥たちがどこかでぴーちくぱーちく鳴いている。

「どうしてもやるのか。」

「やる。貴様みたいにひどい奴はいない!ひとを虚仮にしやがって」

「まあそう怒るな。仕方なかったんだ。俺は貴様に一目置いてたんだぜ。だから、、」

「今更何を言うんだ。抜け!」

「俺はやりたくね。抜けばどっちか死ぬだけだ。つまらねえぜ」

「それもよかろう。俺の気が収まらん」

「じゃあやろう。でもな、俺が切られても、こいつら(二人を見守る若侍たち)切るなよ。」

「うん」

「おい、おめえたちどんなことがあっても手を出すな!」

押し黙る二人。背景の鳥たちの鳴き声が、いつの間にか止んでいる。意図的に音を消したのだろう。全てはこのときの沈黙のために。そのあとのやりとりの一瞬は、稲光りのよう。

黒澤明の映画は、創意工夫に満ちた演出がおしゃれで、ストーリーに小難しいところがないし、俳優の演技には必ず見せ場がある。やっぱりどれも面白いなあと思う。

奥さんが仕事から帰ってくる。八百屋で白ブドウを買ってきてくれたので、少し元気が出る。ピッテロ・ビアンコという種なしの欧州種で、形は平べったくて、皮ごと食べれる。ポリポリとしたらっきょうのような食感で、酸味も少なく、初めて食べたときは(ごく最近のことだが)こんなのぶどうじゃない!みずみずしさがまるでない!と反吐を出したものだが、数粒食べるとこれがたまらなくなる。Pittero Bianco、別名「淑女の指」。

SmartNewsのトップに並んだ記事。

・オーストラリア当局、サメ6匹を安楽死処分 相次ぐ襲撃を受け(CNN.co.jp)
・海と山近く激しい高低差 神戸”名階段”昇る(神戸新聞NEXT)
・日米貿易協議:25日夜に先送り 茂木担当相が明らかに(毎日新聞)

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