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私をはじめから惹きつけたのは、物のもつ形、そしてその人を寄せ付けぬような自己完結性でした。階段の手すりのゆるやかな曲線、石門のアーチの刳り型、枯れ草の茎の精妙無比なからみあい。
W・G・ゼーバルト (著), 鈴木 仁子 (翻訳),『アウステルリッツ』白水社,p.75
廃墟のような団地の庭に、蜜柑の木がある。枝にぶらさがる実は大ぶりで、表皮に雨露がしたたり、落ちる。橙色は灰空の下に際立ち、通行人はよく足を止めた。
”氷結"の缶ラベルの写真のような蜜柑だ。そう言うと、同僚三人が一斉にうひひと笑った。
まあるくてひんやりとした蜜柑。写真に収めておけばよかった。