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【小説】初夢なんて見ない 最終話


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 6

 外に出ると、雷雨がすっかり止んでいた。不思議と湿気はあまり感じられず、残った雨の冷たさが風に乗って肌を撫で、夏なのに寒い。明け方までは少し時間がある。
 健太郎けんたろうは、泣き疲れて微睡まどろ初実はつみの手を引き、納品用の軽トラックに向かう。つい三十分ほど前までの絶叫とは打って変わって、初実は静かだ。
 助手席に初実を押し込むように乗せて、本宅に駆け戻る。少しして、ブルーシートに包まれたまもるの亡骸を、健太郎が頭を、初継はつつぐが足を持つ形で運んでくる。荷台に守を投げ込むと、車体が軋む。手際よくホロを被せると、野菜の配送時と何も変わらない体になった。
 初継に会釈をして運転席に走る健太郎の背に、「気を付けてな」という初継の優しい声が届く。
 朝子あさこが玄関から心配そうな眼差しで、脇の当たりで小さく手を振りながら見送る。
 健太郎は振り返ることなく運転席に乗り込み、車の鍵を回す。既に、初実は微かにいびきをかいていた。
 守を【初夢草はつゆめそう】の山へ埋める仕事は、健太郎が一人で行うことになった。これは、健太郎自身が発案したものだ。
 真夜中とは言え複数人で動くと目立つ、ということ。激しい雷雨のおかげで外に音は漏れていないだろうが、万が一誰かが様子を見に来た時に対処できる人間、つまり初継が家にいた方がよい、ということ。そもそも腰を痛めている初継に山中での作業をさせるのは危険だ、ということ。この三点から、健太郎は自分一人で向かうことを推した。
 筋肉質の男性の体重を支えながら、険しい山道をひ弱な健太郎一人に歩かせるのは無理だと、初継は反対したが、雑草が生い茂る中腹部分に一時的に隠しておくだけでも気付かれないと健太郎は返した。
 さらに、初実を連れて行くことも話した。雷雨が止んでいる中で、もし何かの拍子で初実が叫び出したら、誰かが見に来るかもしれない、という理由だった。
 健太郎は冷静だった。佐岡さおか家に来てから、これ程までに自分で判断をしたことはなかった。
 しかしこれは、初継の死体隠ぺいの肩を持つためではない。この狂った農家から一刻も早く逃げるためだった。
 畑に挟まれた道を一直線に運転をしながら、健太郎は初継の言葉を思い返していた。
 守は佐岡家の子孫を残せるはずだった有望な子種。なぜなら、守が初実に女を感じていたから。
 健太郎にも全く同じことが当てはまった。
 健太郎は初実が好きだ。しかしこれも野々村ののむらの計算の内で、自分は子種候補として佐岡家に送られたのではないか。
 一度疑念が湧くと、家族同然だと思って過ごした佐岡家との三か月や、初継にかけてもらった励ましの言葉、朝子に作った食事や【初夢草】の煎茶の味までも、全部嘘っぱちに感じる。
 家畜は小屋の中で何を思って生きているのか。自分の結末を理解しているのだろうか。
 健太郎の疑念は次第に突拍子もない方へと走り出し、何もかもわからなくなった。考えること全てが間違っているようにも感じた。
「うみーはーひろいーなーおおきいなー」
 初実が突然歌い出す。健太郎が身を一瞬強張らせ初実を見るが、ドアにもたれるがまま揺られて寝ている。寝言のようだった。
 健太郎が初実を連れてきたのは、衝動的なものだった。初実をこんな狂った家に置いていてはならない。後先考えずに車に乗ってから、守の示したままの、初実を妄想でヒロインに仕立てている自分に泣きそうになった。
 守のことを、初実がどう思っていたのか。初継のことを、朝子のことをどう思っていたのか。結局何もわからない。当然、健太郎のことを本当はどう思っているのかも。
 初継も、朝子も、守も、初実の頭の中が何一つわからなかった。わからないから、彼らは自分の中で無理矢理、正解を決め付けた。健太郎にはそれができない。
「きみの、笑い声に、ハートブレ~イク」
 健太郎はこれ以上自分の中で自分が惨めにならないように口ずさむが、涙が出る。
 寧ろ惨めな気持ちは増幅して、今初実を連れて来ていることが、とんでもない間違いに感じる。
「初実さん」
 健太郎は、無意識に初実に正解を求めていた。
 初実はすやすやと車に揺られるだけで、何も反応がない。
「初夢、見られると思ってましたか」
 涙でぼやけた視線の向こうに【初夢草】の山が見える。空が淡く紫がかり始めていた。

 
「初夢なんて見ないよ」

 
 健太郎は、隣から聞こえたはっきりと、透き通った口調の声に目を見開く。
 初めて聞く、初実の声色。初めて聞く、初実の意思。
 咄嗟に声の元へ顔を向けたが、初実は依然、穏やかな寝顔を車の窓に預け揺れている。
 車は【初夢草】の山の横を通り過ぎる。
 健太郎は、ひとつだけ正解を見付けて、車を海へと走らせた。







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【罪状】業務支持違反

健太郎が職場の上司である初継の指示を無視して山を通り過ぎたため。



追記

 杜崎です。
 全6話という長らくのお付き合い、誠にありがとうございました。『初夢なんて見ない』はこれにて閉幕であります。
 ここまでお付き合いくださった方々への敬意を込めて、今まで余りしてこなかった僕自身の話を、本作に関連する範囲で少しだけさせて頂ければと思います。

 この作品の初稿を書き上げたのは、恐らく6年程前。出身大学が農業系で、卒業後、とある農産物直売所のエリアマネージャーとして働いていた時期があり、そこで得た経験値をフル活用したかつての自信作でありました。
 それから6年も経つと経験や知見、感性も変化し、自信作は最新作に塗り替わりました。それでも、初めて2万字を超えた(約2万6千字)作品として、今でも愛着があります。
 敬愛する作家、松尾スズキさんのハンディキャップを持った人々の描き方に憧れて書いた覚えがあります。現在も、松尾スズキさんは僕が思う『面白い作品』のひとつの指標です。

 本作のラストは、ハンディキャップを持った方へのメッセージとして、解釈が分かれるところかと思いますが、個人的にはハッピーエンドとして描いたつもりです。
 本当によく勘違いされてしまうのですが、障害者差別をしているつもりは一切ございません。僕自身、母が障害を持っているため障害に対して思うところがあるからです。毎回そのような人々を描く際には最大限の優しさと愛を以て、ハンディキャップを持つ人本来の強さを表現しようと努めています。寧ろ、今尚蔓延る差別主義者に憤っている側であります。
 人間は強いです。心も体も、必ずその人だけの強さがあります。でも生きていると、苦しいことも悲しいことも多く、それが重なる度、自分は世界から必要とされていないのではないか、いっそ死んだ方が周りに喜ばれるのではないか、と思ってしまいがちに。
 断言します。世間が向けるあなたへの悪評の根源は、その殆どが妬み、もしくは世間体に踊らされた歪んだ感情です。
 そんな空っぽな意見に、自分の価値のなさを見出してしまい、沈むことはありません。
 あなたが生きていることを喜ぶ人が沢山います。
 あなたの強さを魅力的に思う人が沢山います。
 初実を健太郎が必要としたように。
 そんな話なのです、『初夢なんて見ない』は。
 
 あなた、あなたって、一体誰に向けて言ってるんだという感じですね。話を戻します。
 さて、健太郎と初実はこの後、荷台に載せた守の死体はそのままに海へと向かい、逃亡生活が始まります。守の死体はどうするのか、佐岡家は追ってくるのか、健太郎と初実は結ばれるのか、そして初実は本当に初夢を見なかったのかーー全て筆者である僕の中には答えがありますが、その物語はいずれまた描きたいと思います。
 その時はぜひまた、ひと時、お付き合い頂けると幸いです。

 最後に、身の上話にまでお目通し頂いた方々に、重ねて御礼申し上げます。
 来週の収監分を最後に、収監ペースは隔週にさせて頂きますのでご了承頂けますよう。
 これからも自分の思う『面白い』を追求して参ります。今後とも、杜崎まさかずを何卒宜しくお願いいたします。

              杜崎まさかず


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