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#2 プリッツ ライマスの建国祭へ行く
先日植えた豆の苗が大きな葉をぐんぐん伸ばしていく。そんな、暑い日にもだいぶ慣れた頃。家で猟具の手入れをしている時、作業台の反対側で鹿革のポーチに草を模したデザインのステッチを入れているルゥムに声をかけられた。
ーなにボーッとしてるの考え事?ヒューマンのマネかしら?似合わないよ。
最近同じようなことで何度か注意される。
ー適当な手入れしてると、アンタが猟場でケガするだけじゃなくて誰かをケガさせるよ。ちゃんとしなよ。
ーそうだね。ちゃんとしないと。うん。
確かにルゥムの言うとおりだ、気を付けなければいけない。黒いローブの男の一件から集落の周辺に現れていたヒューマンの姿はめっきり減ったように感じた。それがただ目に見えないだけなのか、本当に居なくなったのかはオイラにはよくわからない。わからないのが一番始末が悪い。気になるのだ。
ただ狩りの方は今まで通り順調にできているし、テキサもあの件をあまり覚えていないこともあってか狩りの見学によくついてくるようになった。持たせる得物についてはオヤジとも話をしたが一人前の猟師になりたいと背伸びをしたいのはわかるが、今のところショートボウでいいんじゃないかということになった。大物猟での弓の腕前はまだまだだけど、ウサギやキツネはもう何頭か獲っている。さらに、皮剥ぎや解体の手伝いはどんどんやらせている。ルゥムの一家は革鞣しと細工が得意な者が多いのでテキサもきっと上手くなるだろう。あれから一度も魔法暴走は起こっていないしテキサは鼻が利くらしい。レンジャーの素質があるように感じる。あれはいったい何だったのだろうか?
気になる事は他にもある。秋の建国祭なんていう先の話でウキウキするなんて不思議な感じだけど、なんといっても王都に行くのだから楽しみは尽きない。さらにトライルさんのところで同期の冒険者達と顔合わせの食事会があるらしいからオイラの腕前を振るう機会もあるかもしれない!どんな地域のどんな種族のヤツらがどれくらい来るのか知らないけれどウキウキする!調理器具を持って行くべきか?竜の寝床亭の道具を借りるか、ハーブは持って行くとして食材は?ここはひとつ何でも美味しく調理できるってところを見せたいからあえて用意しないってのもアリだな!などと、ふとした時間にそんなことを考える日が多くなっていた。
ある日、ドワーフ領の商人からローブのヒューマンの集団の話を聞く事になった。集落の宿で一杯飲みながらドワーフが話をしていた。ドワーフ領でローブの集団が何をしているのかわからないがウロウロしていたというのだ。そして、その集団は突然いなくなったという。誰かが被害を受けたり、物がなくなったりなどの被害はないものの、ドワーフは魔法をあまり得意としない者が多いので、一行の事を調べるのに手間がかかっているそうだ。そんな話を聞いてオイラは一杯のエールをおごりながら、先日あった黒いローブの男の話をした。
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ー死んだ男は、ドワーフ領でみかけたヤツらと仲間だと思うかい?
ーあぁ、そんなとこだろうな。陰気な顔した連中だったそうだ。まったく気味が悪いったらない。しかし、ワシが世話になっとる商人ギルドにはいろんなところから情報が入ってくるがこの村の話は知らなかったわい。おぬしら何か他にも隠しとるんじゃないか?
商人ドワーフは空になったエールのジョッキを置いた。オイラは満タンのジョッキを手渡しながら人差し指を立てた。コクリと頷いたドワーフはジョッキの中味を一口のんでニヤリと笑った。ジョッキの中がシェリーに変わっていたからだ。
話の続きは店の奥の商談部屋に入ってすることにした。
ーオイラのとこの若いのが突然魔法暴走を起こしてね。魔法の矢っていうの?あれでローブの男は即死さ。その後は・・・
オイラはことの顛末を話を続けた。
ーなんと!そうか、うぅむ。その若者の事を考えて話が外に漏れないようにしたんじゃな?まったく森の樹々や動物たちも何も言わんのはドルイドとビーストマスターの力は凄いのう。しかし、魔法暴走なあ・・・。こりゃ調査団に報告せにゃならんな。ソーサラーか、未知の世界じゃな。
ーまあ、何かわかったら教えておくれよ。森の精霊たちに言ってくれたらルゥムに伝わるはずだ。
ーわかっておる。バケツ一杯の水を掛けてじゃろ?
ーありがとう。
オイラは今度はシェリーを一杯、ドワーフの商人におごる事にした。今度はこの村の特製のハムも付けて。
ドワーフ商人がこの村を去って4週間ほど経ち、オイラたちはその事を少し忘れかけていた頃。ルゥムのもとにドワーフからの連絡があった。ドワーフ領でも魔法暴走があった者がいたという話だった。それも複数。曰く背が伸びた者、曰く少しだけ若返った者、曰く蝶と花の幻覚を見たもの、曰く酒に酔わなくなった者などが確認されたらしい。なるほど、テキサの時のように人に魔法の矢が刺さるとかが無かったからわかりにくかったんだろう。ローブの集団と魔法暴走の頻発は関係がないとする方が不自然なくらい時期が重なっている。ただオイラは魔法のこととなるとからきしダメで、いつも集落の仲間やカミさんのルゥムに頼りっきりだ。ただ、その二人に話を聞いても理解の範疇を超えているという答えが返ってくるだけだったが、オイラと同じ元冒険者のオヤジの”つて”で変化を見せる事になる。
ーワシが冒険者パーティーを組んでいた時のウィザードをマールから呼んだ。アイツならワシらよりはこう言ったことに詳しいからな。だいたいアイツは・・・
アイツというのは親父が若い頃のパーティーメンバーで最近は魔法研究をしているエルフのライラのことだ。ライラの話は昔からよく聞かされたし、以前は時々この村に来ることもあったのでよく知っている。見た目の美しさとは裏腹に一言でいえばライラは偏屈だった。そんなライラは今はマールを根城に冒険者として残骸ダンジョンにもぐって宝物を手に入れては、色々な魔法や魔道具の研究を続けている。そんな偏屈エルフのライラがマールを離れてこの集落にやって来たということは、魔法暴走の件に何か気になる点があるということだろう。テキサと一緒に我が家で待っていると親父とライラがやってきた。
ーこの坊やが魔法暴走を起こした子ね。
そういうと、彼女は手に持った杖でオイラを指し示した。
ーライラ、それはワシの倅だよ。昔会っているだろう。忘れたのか?
ーはっは!そうかこの子はあのプリッツ坊やか。ハーフリングは小さいからな。いつまで経っても子供みたいで可愛いからわからなかったわ。
オイラは、ありがとう見た目だけ若いけど中身はおばさんで、見た目と同じくらいデリカシーが育ってないね。若いなあ。と口に出したい気持ちを強く抑えて大きく深呼吸した。
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ライラはいつもオイラを子供扱いする。いや、以前は確かに子供だったからいいんだけれど、オイラは既にカミさんもいる立派な大人だ。結構ムカついたが言い返すとライラに100倍悪口を返されるから言わないと決めている。
ーじゃあこっちの子か。やっぱりハーフリングは可愛いね。
ライラはハーフリングに対して可愛いと言わないと気が済まないのだろうか?
ー早速だけど、ちょっと視させてもらうよ。坊やそこのベンチに横になって眼を閉じな。
テキサは何が始まるんだろうとワクワクした顔をしている。
ーいいから眼を閉じな。坊や。
そう言うと、ライラは腰につけた花柄をあしらった小さな革のポーチからメガネを取り出した。ピンク色のレンズのそれをテキサにかけさせるとライラは何やら唱え始めた。
すぐにテキサは寝息をたてて眠ってしまった。すると、メガネが光り始めた。そして、空中にあの時の様子が映し出された。ルゥムの飼っているワタリガラスのミッターがテキサの肩にとまったあたりからの様子がみえる。
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オイラはミッターの足についているメモを読もうとしたけれど読めなくて、ドルイドのキョンに読んでもらおうと思ったあたりから、60ftほど離れた樹の陰に今までは見えなかった何か、いや誰かがいる事がぼんやりと見えてきた。それはすぐにはっきり見えるようになった。ローブの男だ。手に”何か”を持っているようだが、その”何か”自体は”何か”の力でよく見えない様だ。するとすぐに、ローブの男が持つ”何か”が黒い霧のように消えたのがわかる。それと同時にテキサはローブの男をはっきりと見つけてオイラに向かって何か叫ぼうとしたようだが、それはテキサの口の中からあふれ出てくるピンクの泡によって妨げられてしまったようだ。
ーこの時オイラ達はローブの男の姿を見ていない。気が付きもしなかったんだ。オヤジもキョンもいたんだけどな。
ー黙ってみてな、坊や。
ライラがにっこり笑ってこちらを向いた。あぁ!気味が悪いエルフだ!
空中に映し出された様子は、オイラがテキサの口の中の泡を掻き出そうとしているあたりだ。オイラの記憶の中ではあの当時周りには誰もいなかったはずなんだけど、ローブの男がオイラ達のすぐ後ろでテキサをじっと見ているのがわかる。薄気味悪い表情だ。生きているのか、何を考えているのか判りづらいのだ。テキサはこのローブの男がいることを身振りで一生懸命にオイラ達に伝えようとしていたに違いない。次第に口の中の泡が減ってきた。テキサは精一杯大きな声でオイラ達に叫んだ。するとその瞬間テキサの周囲に7本の光の矢が表れてローブの男に向かって飛んで行った。男の断末魔の叫び声が聞こえたとき。オイラ達はその男の存在に気が付いた。テキサの視界の中にはほかにも数人のローブの男たちが確認できるが、みな一目散に逃げていくのがみえた。テキサの体から黒い霧のようなものがモヤモヤと立ち上がって消えたのがみえる。死んだ男が持っていた”何か”が消える時と同じような消え方だった。
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ーなるほどね、坊や命があってよかったね。あ、プリッツ坊やじゃないよ。
ーうるさいなあ、もういちいち言わなくてもわかってるよ!
オイラは心の中でつぶやいた。
ーこのローブの男たちがどこの誰だか知らないけれど、あの黒い霧になって消えた魔道具でテキサ坊やをソーサラーにしたみたいだね。だけど、素養がなかったのか何かに守られたのか、テキサ坊やはソーサラーになり切れなかったみたいだね。
ーそんなことができるわけが!
ライラはオイラ達が口々にしたつぶやきを無視して、小馬鹿にしたような表情で活き活きとライラは続けた。
ー多分だけれども、邪神がらみの怪しい教団や残骸ダンジョンから出てきたお宝や魔道具で変な実験してるような連中じゃないかしらね?でも、あのローブの男たちは下っ端でしょうね。魔道具を使ってソーサラーにしようだなんて考えたときにハーフリングやドワーフを依り代に使うだなんてバカバカしいわよ。一番いいのはやっぱりエルフ、次はヒューマンかしらね・・・
しばし、ライラは言葉をのんでから話を続けた。
ーなるほど、ハーフリングやドワーフに目を付けたのは元々ソーサラーになる素質が少ない種族で、精神浸食や魔法に対する抵抗力が弱い種族を狙ったのかも。まあ、ただの偶然かもしれないけれどね。ちょっと気になるわね、ちょっとテキサ坊やのことを調べたいからしばらくこの村に居ようかしら?
そういうとライラはちらりとこちらを見た。この家に居られるのは勘弁してほしいのでオイラは何も言わずにライラを食堂兼宿屋に案内することにした。
ライラがこの村に滞在してずいぶん経つ。豆の花もすっかり落ちて実がなり始めた。ライラはテキサの事を調べるだけでなく、暇なときには村のドルイド達の相談相手や村の子供たちにオヤジとの冒険譚をイリュージョンの魔法を使って面白おかしく話したりして、ちょっとした人気者になっていた。
ーあーあ、ピッピからよく聞いてた偉大な魔法使いライラがうちに泊まってくれたらうれしかったのになぁー
最近一日一回はルゥムが口をとがらせて文句を言ってくる。
ー偉大な魔法使い?勘弁してよ。オイラはあのおばさんの研究の実験台になったことがあるんだ。トラウマなんだよ。
ーえ?なになに?始めて聞く話じゃないの!ライラを家に泊まらせない代わりにその話教えてよ。
ートラウマだから話したくないし、思い出したくもないんだよ。
ーふーん。アンタに確認せずにライラにこの家に泊まってほしいって言ってこようかな。ライラもそうしたかったみたいだし。
こういう時のルゥムの行動力は半端ないのでオイラは黙って言うことをきくことにした。
ーオイラが今のテキサよりもまだ小さい頃の話だけどね。ライラはオヤジたちと冒険に行って、スクロールを集めるのが趣味なんだよ。意味の解らない魔法がいっぱいあるみたいなんだけど、それをあちこちで試すらしいんだ。それで役に立たない変なスクロールをオヤジに見せるんだって。そうしたら、オヤジもオヤジであの性格だから面白がっちゃってさ、自分に試させたりしてたみたいなんだよ。
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ーさすがあなたのお義父さんね。アンタも似たり寄ったりじゃない?
ルゥムが手をたたきながらケラケラ笑う。
ーそう。オイラも魔法とかそういう面白そうなものが小さいころから好きだったからね。で、オヤジに連れられてライラの魔法実験見に行ってたんだよね。オイラにも魔法かけて!なんて言ってね。最初はちょっと体が空中に浮くとか、魔法の道具が光って見えるようになるとか簡単なものさ。
大きくため息を一つ吐き出してから話をつづけた。
ーオイラがトラウマになったのは空間転移の実験だったんだよ。そのスクロールの呪文を唱えると自分の体の一部同士が入れ替わるってやつでね。最初は右腕と右足が入れ替わるとか、頭と手が入れ替わるとかそんなもんだったんだけど。ライラがそのスクロールの理解が深まっていくうちにもっと小さい部分の転移が可能になってね。腕から手、手から指、指から爪くらいのサイズまで小さい転移を成功させるようになっていって上下左右や前後なんかも思い通りにできるようになったころ、ライラはオイラの右目と左目を入れ替えただけじゃなく、上下まで入れ替えたんだ。頭の中で感じてる上下左右と右左がまるで分らなくなってその場で転んだオイラは自分に起こったことが理解できずにパニックになっちゃってね。スクロールの効果は時間が過ぎないと切れないんだ。オヤジもライラもどうすることもできなかったらしい。しばらくするうちに目は元に戻ったんだけど、普通の状態と入れ替わった状態の区別がうまくつかなくて、オイラは一週間家の中で転びまくって、大好きなご飯も全然食べられなくなって、あの時は本当につらい思いをしたんだ。今でもライラの顔を見るとご飯が喉を通らなくなって胃が痛くなるんだよ!
オイラはライラに対する憎しみをこれでもか!と吐き出した。
ーふーん。そうなの?
ルゥムはまるで大したことないじゃないとでも言いたげな返事をした。
ーふーんってなんだよ。オイラは三度の飯より飯が好きなんだよ!そんなオイラがご飯が喉を通らないのは一番辛いことなんだよ!
ー知ってるわよそんなこと。
ーだったら!
ーアンタさあ、ライラが来た日にご飯食べられなかったっけ?あれから毎日のようにライラは家に来るけれどアンタがご飯食べられなかった事見たことないんだけど?
ーい、いつもの半分以下しか食べられないってことだよ。
ーそう?そのわりに今日も一生懸命イノシシのロースト作ってたじゃない?あれはご飯が喉を通らないアンタ以外の人が食べる分なのね?
ーえ?いや、あの、その・・・
いつもは優しいルゥムが今日は怖い。
ーお父さんから、ちかごろ猟の時に樹に登りたがらないって聞いたわよ。
はっ!?
ー長弓の背負い紐もずらしたわね。
うっ!
ーアンタ、おとといレザーアーマーの紐緩めたでしょ?
ドキ!
ープリッツ・・・
沈黙が重い。
ーアンタ最近太ったわね。
ーああ!
オイラは膝から崩れ落ちた。
ー解ってはいた!わかってはいたんだけど認めたくなかったんだ!ライラが来たことがストレスになって、そのせいでドカ食いしているだけで彼女が帰ればそれはおさまると思っていたら、ライラ全然帰らないんだもん!そしたらドカ食いで胃が大きくなっちゃって最近は食べても食べても・・・
ーわかったわよ。なにもこの世の終わりみたいな顔しなくても。アハハ!
ー太ったらルゥムに嫌われちゃうと思ってさ。
その言葉を聞いてルゥムはより一層笑った。
ー何言ってるのよ。あんたがぽっちゃりしてるのは私は好きだし、アンタの作る料理も好き。いっぱい食べてるアンタをみてるとこっちも幸せになるのよ。だから一緒にいるんじゃない。気にしてないんて無いわよ。だけど、猟に影響が出るのはどうなの?
その言葉でオイラは一気に元気を取り戻したけれど、太ったことは本当だし猟に支障が出てしまったのも本当だ。どうしたものか?
ーあんた、もうそろそろ王都に行くんでしょ?
そうだった!ライラの登場で毎日がストレスの連続で忘れていたけれどライマスで建国祭が開催されるんだった。ぼちぼち旅の準備をしなくてはいけない。
ーいい機会だから、少し冒険でもしてきたら?
ルゥムが腕組みしながらオイラにそう言った。
ーえ?冒険?
ーそう、冒険。アンタ前に冒険者ギルドに登録だけして帰ってきちゃったじゃない?今度こそ冒険してきなさいよ。運動不足解消と食事制限ができそうじゃない?
ーそうだなあ。食事に関してはあれだけど、オヤジみたいな冒険者になりたいってのはオイラの夢でもあるからな。
ーそうそう。冒険に行って腕を上げてきてよ。そうして、新しいスキルを身に着けて、お宝も持って帰ってきて頂戴よ。アタシは革細工が良いわ、あとは薬草とかね。アクセサリーとかいらないからね、あんなのなんの役にも立たないから。
ーそうだね。ルゥムはそのままで素敵だもの。
オイラはちょっとカッコつけてみた。
ーあ、そういうのいいから。
と、冷たくあしらわれてしまった。ルゥムはこういうところあっさりしてるんだよな。
ーおたのしみのところ悪いんだけどね。
玄関から声が聞こえた。ライラだ。
ーいろいろ調べてみたんだけどね。テキサ坊やにはソーサラーの素質も記憶も何もないみたいだよ。魔力の痕跡すら無い。むしろ、あの子はドルイドに向いてることが分かったくらいさ。やっぱり、黒いローブの連中が何か使ってテキサを自分たちが操れるソーサラーにしようと実験した可能性があるね。もしかしたらテキサを守っている森の樹々があの坊やを守ってくれたのかもしれないね。テキサ坊やは良いドルイドになるかもしれないからプリッツ坊やがちゃんと面倒見るんだよ。わたしはぼちぼちマールに帰るからね。
平常心、平常心と心の中で唱えてオイラは答えた。
ーわかったよ。この村の猟隊で育てば立派なドルイドになる。血筋も良いしね。
ライラは手をひらひらさせながら言った。
ーはいはい、そうだね。ところで、プリッツ坊やは今度の建国祭に行くんだね?
ーライラ、どこらへんから話聞いてたの?
ーいいじゃないかそんな事。行くんだろライマスに?
しれっと、うやむやにされてしまった。
ーまあそのつもりだよ。トライルさんから手紙をもらってね。
ーほう、あのトライルから?
ー知ってるの?
ーああ、あの子の冒険者ギルドには私も世話になっているからね。まあ、今は私もマールにいるからあんまり顔を見ていないけどね。手紙のやり取りくらいなものよ。
ーははっ。トライルさんまで”あの子”呼ばわりか、まいったな。
ーまあ最近はあの子も大変みたいだけどね。
ライラは肩をすくめて見せた。
ーどういうこと?
ーまあそれは、坊やの目で確かめてきな。それとね、坊やが冒険でもしも魔法のスクロールや魔道具なんかを手に入れたらあたしのところに見せにおいで。あんたが必要なきゃあたしが買ってあげるよ。
ーマールまで持っていくのか?
ー必ず来いと言ってるわけじゃないわよ。坊やがわたしのところに来たくなったら来ればいいさ。
横からルゥムが口をはさんできた。
ーアンタ行ってきなさい、マールで魔道具も見てきてよ。アタシに似合いそうな杖の素材があったら買ってきて!
ーわかったよ。王都ライマスでの建国祭に、トライルさんとの食事会、それに冒険の後はマールか・・・
腕組みをしながらオイラは考えた。こんなに先の予定をたてるハーフリングがどこにいるのだろう?すっかりこんがらがってきた。あぁ、そういえば王都に行くなら美味しいものをいっぱい食べたいな。そのためには少しだけダイエットしてもいいかもしれない。
ーライラ、オイラが作ったイノシシのロースト食べるかい?
ーなんて日だ!食いしん坊のプリッツ坊やがわたしに食べ物をくれるなんて!季節を超えて雪でも降るんじゃないのかい!はっはっは!
最初はイノシシのローストを半分あげようと思っていたけれど、オイラはやっぱり3切れだけあげることに決めた。
ドンドンとドアを叩く音が聞こえると、扉が開いた。
ーいい匂いがするじゃないか?
オヤジがいつもの様にオイラの作った飯を味見と称して食べに来たので、オイラは今までのいきさつをかいつまんで話をした。
ーそうか!テキサのことは任せておけ。猟隊で立派に育てていこう。しかしライラが帰ってしまうのか。村のみんなもライラと仲良くなったところなのに、さみしくなるな。そうだ、今日はお別れの会を開こうじゃないか!
そういうとオイラのつくったイノシシのローストをオヤジが持って宿屋に行ってしまった。宿屋には村の人が出たり入ったりして夜までにぎわった。オイラは結局イノシシのローストを2切れしか食べることができなかったので、ライラの事がさらに嫌いになった。
ちなみに建国祭に旅立つまでに、オイラがちょっぴり太ったのはルゥムにばれていないと信じたい。