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真夜中のプール

真夜中のプールは、街灯の薄明かりに照らされて、まるで夢の中のように静かだった。水面には金魚がゆったりと泳ぎ、わたしとニシくんがその横で漂うように立っていた。
「泳いでみない?」
ニシくんが煙草を口に咥えながら、言った。
「水着じゃないけどね」
「そんなの関係ないさ」
ニシくんは煙を吐きながら、プールサイドに腰を下ろした。水しぶきが上がることなく、すべてが静止しているような感覚が広がる。

街灯が、水面に映る金魚たちを、ゆっくりと照らし出す。周囲は静まり返っていて、音が少し遠く感じる。わたしはニシくんの隣に座り込む。気づけば、夜風がひんやりと肌を撫でていた。
「明日、サンドウィッチ食べようか?」
わたしは突然、そんなことを言い出してみる。
「サンドウィッチ? 朝からか?」
「うん、朝から。スーパーも閉店してるけど、明日はちょっと歩いてみたいな」
ニシくんは煙をまた吸って、遠くの街の灯りを見つめた。
「いいね。けど、また不眠症か?」
「たぶんね」
「ふーん。じゃあ人工呼吸でもしてみるか」
ニシくんがからかうように言った。
「人工呼吸? こんなとこで?」
「オマエの寝かしつけ方、少しは知ってるんだ」
ニシくんの目がやたらと真剣になるもんだから、わたしは思い切り無視してやった。

プールの縁にコインが一枚落ちていて、その冷たい金属が水面に映る。
わたしはそのコインを見つけ、手で掬い上げると、そっとニシくんの前に差し出した。
「これで願い事でもしようか」
ニシくんはそのコインをじっと見つめ、しばらく黙った後で言った。
「願い事? そうだな……眠れますように」
「それじゃあ、わたしも。眠れますように」
わたしはそう言って、目を閉じた。

水面に金魚がさらに泳ぎ出すと、何もかもが静かに包み込まれて、ニシくんの煙草の煙も消えていくように感じた。

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北村らすく
ハマショーの『MONEY』がすきです。