曖昧な夜のブラックボックス
部屋には、溶けかけのアイスクリームが一つ。スプーンを挿したままテーブルの上に放置されて、カラメル色の液体が皿の縁を滴っていた。ニシはそれを眺めながら、椅子に腰を預け、細い煙草をくゆらせている。
「曖昧な現実ってさ、どう思う?」
ユリが言葉を投げかけると、彼は微かに眉を上げた。
「現実なんて曖昧でいいんだよ」
彼は煙を吐きながら答えた。その声は深く、どこか夢の中から聞こえてくるみたいだった。
「でもさ、曖昧すぎると、全部ブラックボックスみたいじゃない?」
ユリは溶けたアイスを眺めながら呟いた。それはもう食べ物というより、ただの液体に近い。
ニシは煙草を灰皿に押し付け、立ち上がると、部屋の隅に置かれた箱を指差した。
「これなんか、まさにそうだろ?」
古びた木の箱。中身は誰も知らない。鍵は壊れていて、開けようと思えば簡単に開けられるはずなのに、誰もそれをしない。
「何が入ってると思う?」
ユリが聞くと、ニシは口角を上げて笑った。
「カメレオン」
「は?」
「見えないモノってのは、何にだって姿を変えるもんさ。あの箱の中身だって、見る奴次第で何にでもなる」
彼はそう言いながら、また煙草に火をつけた。
「でもさ、見るのが怖いって気持ちもわかるよ。知らないままでいる方が安全だもんね」
ユリは箱を見つめながら呟いた。その中身を想像するたび、胸がざわついた。
「安全なんてつまんねぇさ」
ニシは溶けたアイスのスプーンを取ると、皿の中の液体をぐるぐるとかき混ぜた。
「ほら、このアイスだって、形が溶けてなくなったけど、甘さはそのままだろ?」
ユリは彼の言葉に何も答えず、ただアイスとニシを交互に見つめた。
曖昧な現実。
溶けかけのアイス。
ブラックボックス。
そして、カメレオン。
自我があるフリをして所在なげに漂っている。まるで私みたい、とユリは思うのだった。
◉2人の出会い◉