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ぐるぐるの朝

目が覚めた瞬間、世界がぐるぐる回っていた。時計の針も壁の模様も、全部が渦の中に溶け込んで、まともに見えやしない。

「……やばい」
呟いてみるけど、声も自分のものじゃないみたいだ。空気が重たくて、呼吸をするたびに肺がつぶれる気がする。こんな朝が来ると、決まってニシくんの顔が浮かぶ。

ぶっ殺してほしいなって、そんな冗談みたいなことを思ってしまうのだ。
痛みも苦しみも一瞬で終わるなら、どうしても彼の手で終わりたいと思う自分がいる。それが歪んだ愛だと分かっていても、そう願わずにはいられない。

「……愛してるって言うより、ぶっ殺してやる、の方が似合うのよね」
ベッドで丸くなりながらそう呟くと、笑いと涙が一緒にこぼれた。

ふいに、玄関のドアが開く音がした。振り返る余裕もないまま、足音が近づいてくる。

「おい、起きてんのか?」
ニシくんだ。声だけでわかる。

「……回ってる」
「は?」
「世界が回ってるんだよ」
「ああ、そりゃ重症だな」

彼はベッド脇に腰を下ろし、頭をかきながらため息をついた。薬草みたいな煙草の匂いが漂ってくる。

「死ぬのはやめとけよ。おれの手を汚すな」
「でもさ、もしもって話だよ? 終わるなら、ニシくんに終わらせてほしいなって……」
「馬鹿じゃねぇの」
いつもの軽い罵声。だけど、その中に微かに滲む優しさを見逃せない。

「……そう言うなら、最後の最後に何かしてやるよ。たとえば、おれが愛を教えてやるさ」
「愛?」
「ぐるぐる回ってんなら、おれので止めてやる」

冗談みたいな台詞だけど、不思議と心に刺さる。彼はおもむろにわたしの手を取って、自分の膝に置いた。指先から伝わる体温がやけにリアルで、何かが溶けていくようだった。

「終わりたきゃ、まず生きろ。それが筋だろ」
「……ニシくん、ほんと凶暴だね」
「オマエの方がタチ悪いよ」

それでも、今はこのぐるぐるの朝を越えてみようと思えた。終わりたいと思う時ほど、誰かの雑で優しい愛が必要なんだと分かったから。

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北村らすく
ハマショーの『MONEY』がすきです。