溶けかけのアイスクリームとめまいのダンサー
夜明け前の薄い青が、部屋の壁を滲ませる。わたしは足元がぐらつくのを感じながら、片手で冷蔵庫のドアにしがみついていた。視界がゆっくりと歪む。ひんやりとした空気が肌に触れるたびに、倒れそうな感覚に襲われる。
テーブルの上には、溶けかけのアイスクリーム。スプーンが横たわり、アイスの輪郭が崩れている。誰も口をつけないまま、時だけがその形を変えていく。
「大丈夫か?」
背後から、ニシくんの低い声が聞こえた。
「踊りたかったのに、またこれだよ」
わたしは振り向かずに答えた。
彼は黙って、近くの椅子に腰を下ろす。煙草の火を灯し、わたしをじっと見ているのが分かる。
「踊るのが怖いのか、それとも立つことが怖いのか」
彼の声は淡々としているけれど、その中に何か優しさが滲んでいる。
「どっちもだよ」
わたしは笑おうとしたけれど、声が震えてうまく出なかった。
「座れ」
ニシくんがわたしを手招きする。
テーブルを挟んで向かい合うと、彼はスプーンを取り、溶けかけたアイスをかき混ぜながら言った。
「アイスクリームもオマエも、一気に溶けないでいいんだよ」
「それどういう意味?」
わたしは眉をひそめた。
「形が変わるってのは悪いことじゃねぇさ。むしろ、それで新しい踊り方が見つかるかもな」
彼はスプーンを口に運び、ひと舐めする。その仕草が妙に穏やかで、わたしの胸の奥をじんわりと温めた。
「でも、わたしの足は動かない。めまいばっかりでさ」
わたしの言葉に、ニシくんは目を細める。
「踊るってのは足だけでするもんじゃねぇだろ」
そう言って、彼はゆっくりと立ち上がり、わたしに手を差し出した。
「何?」
「オマエの頭が回るなら、それを踊りに使えばいい。おれが支えてやる」
彼の手を取ると、冷たい指が不安定なわたしを掴んだ。部屋の中、溶けたアイスの甘い香りが漂う。彼はその場で軽くステップを踏み、わたしを引き寄せた。
「ほら、ゆっくり。足じゃなくて、心で回れ」
彼と踊るのは、甘く、少しだけ溶けかけのアイスみたいだった。形が曖昧で、でも確かにそこにあるもの。
めまいも、溶けたアイスも、なんだか少しだけ愛おしく思えた。
※
神様に聞けば、いつかの焼き増しみたいな光景だって。ニシくんはやっぱりずるいと思う。
ニシくんと他の女の夜↓