限定王権戦記「蝶と蟷螂」
著:鈴木鈴
「うえぇ……これ、ひとりで掃除すんのかよォ……」
モップとバケツを床に置いて、丸葉忠はそんな愚痴をこぼした。
もともとは、この拘置所でも良い部類に入る部屋だったはずだ。応接室だか所長室だか、あつらえられた調度品は丸葉にさえわかるほど品が良く、こういう家具に囲まれて生活できたら気分いいんだろうな――と想像できたかもしれない。
焼け焦げた血肉がこびりついていなければ、きっとそうだ。
今。部屋の中は惨憺たる有様だ。テーブルにもソファにもキャビネットにも、炭化した血肉や内臓がぶちまけられ、手や足や頭といった人体の各部位が無造作に転がっている。赤熱したミキサーの中に複数の人間をぶち込んだら、あるいはこういう光景になるのかもしれない。
「これ、トングとかいるよなァ……どっかにあったかな……でも、早くやらないと相馬さんに怒られるしなァ」
ぶつぶつとつぶやきながら、丸葉はとりあえずマスクをして、手袋をはめ、炭化したテーブルにバケツを置いた。とりあえずは大きなところから、と思って、近場に転がっていた頭を持ち上げる。
その顔には見覚えがあった。かっと見開かれた目の片方が火傷でつぶれている。「うわ」とちょっと身を引き、とりあえずテーブルの上に頭を置いて、丸葉は両手を合わせる。
「えーと、お名前なんでしたっけ。確か、アニキのお知り合い、でしたよね? まあ、ともかく……ナンマンダブ、ナンマンダブ」
自分でもよく覚えていない念仏を、ひとしきり口の中で唱えてから、丸葉は『片目』の頭をバケツの中に放り込んだ。
掃除を始める。
散乱した身体のパーツをバケツに入れ、砕け散ったテーブルの破片をゴミ袋に入れて、ぶちまけられた臓物は、ちょっと迷ってからバケツにした。ゴミ袋はそのまま捨てればいいが、ご遺体はさすがに捨てるに忍びない。あとで拘置所のグラウンドに埋めるつもりだった――一緒くたになってしまうのは、申し訳ないが。
あらかたを掃除し終えたところで、応接室のドアが開いた。そこから覗いたのも、見知った顔だ。
「マルさん終わった? 肉食いに行こうぜ、肉!」
幼い顔立ちに無邪気な笑みを浮かべ、キョウジはそんなことを言う。丸葉は眉根を寄せて天井を仰いだ。
「キョウジ、おまえな、タイミング考えて物言えよ。死体片付けたあとに肉なんて食えると思うか?」
「え、なんで? 肉はいつ食ってもうまいじゃないっすか」
「気分ってもんがあるだろうが! さっきまで俺は焦げた人肉を掃除してたんだぞ! つか、こういうのは下っ端のおまえの仕事だろ!」
「へへ、スンマセン」
ぴっと舌を出して笑う顔つきは、イタズラ好きの悪童のそれだった。それを見ていると、怒りよりもため息がこみ上げてくる。
「……まあいいや、おまえも手伝え。ほれ」
モップを突き出すと、キョウジは意外そうな顔をして、
「えっ、でも、柊さん待たせるのまずいんじゃないっすかね?」
「あ? なんでそこでアニキの名前が出てくんだよ」
「いやだって、肉食いに行こうって言い出したの柊さんっすから」
「バカヤロウてめえ、それを先に言えよ!!」
丸葉は慌てて室内を振り返った。だいたいは終わっているが、仕上げにはほど遠い。このまま放置すれば、相馬の怒りを買うだろうが――しかし、柊への義理には変えられない。
「キョウジ、これ捨ててこい! 俺は埋めてくっから! アニキにはうまいこと言っとけ!」
キョウジにゴミ袋を押しつけて、自分はバケツを抱え上げる。数名分の人体が入ったバケツはそれなりに重く、ずしりとした死体の重みを両腕に感じながら、丸葉は急いで駆けだした。
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KFC/KFCNサルベージ
K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。
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