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HOMRA in Las Vegas 10

第10話「激突」

著:鈴木鈴

 夜風が周防の頬を撫でていった。
 ゴルフ場には人影はなく、それどころか照明のひとつも点いていなかった。冴えた月明かりだけを灯りとして、周防は歩く。森を抜け、フェアウェイを通り過ぎて、バンカーに囲まれたグリーンへとたどり着く。
 先ほどまでの喧噪が嘘のような、静寂の空間。
 だが、それが長くは持たないことを、周防は知っていた。
 はるか遠くから、連続したローター音が複数、響いてきていた。『敵』に所属する武装ヘリが数台、ゴルフ場に向かってきている。
 周防は目を細め、拳を軽く握りしめた。
 赤いオーラがそこに集い、光球を作り出す。ここならばヘリが墜落したところで、無関係な人間の被害は起こらないだろう。
 投射されるサーチライトがフェアウェイを照らし出し、蛇のような速度で周防に迫ってくる。その光景を、周防は冷ややかな目で眺めていた。
 しかし、攻撃は起こらなかった。
 サーチライトは周防の周囲を照らし出す。それだけで、銃撃や爆撃は行われない。
「……?」
 訝しげに見上げていた周防は、『それ』に気づいた。
 ヘリの下部に、巨大な兵器が吊られていた。
 先ほどまで散々スクラップにしてきた二足歩行のロボットとは、明らかに形状が異なる。体高4メートルほど、分厚い装甲に覆われた巨大な胴体に、それと遜色ないほど太い両腕と両足が埋まっている。十束が名付けた『ダチョウ』に比べるなら、こちらは『ゴリラ』と言ったところだろう。
『ゴリラ』を吊り下げていたワイヤーが外され、自由落下を始めた。
 重い音を轟かせ、『ゴリラ』はフェアウェイに着地する。落下の衝撃によって芝がめくれ上がり、土が噴き上がった。もうもうと立ちこめる土煙の向こうから、アイカメラが赤い光を瞬かせて、じっと周防のことを見つめていた。
『――フ、フフッフフ、フフフフフフフフフフフフフ!!』
 拡声された笑いを響かせながら、ずしん、と足音を立てて、『ゴリラ』が周防に一歩近づいた。
『やあ、やあやあやあやあやあ! 久しぶりだなァ、周防尊、《赤の王》よ! 私のことを、覚えているかね!?』
 周防は首をかしげる。声に聞き覚えはない。が、向こうは自分を知っているようだ。記憶ではなく論理を使って、周防は答えた。
「御槌か?」
『おお、なんと! 光栄なことだ、《王》に名を覚えられていたとはね! そうか、そうか――では、『彼』のことは覚えているかな?』
 言いながら、『ゴリラ』が両腕を広げるような仕草をした。自己紹介をするような動作だが、周防は呆れ混じりに答える。
「知るわけねえだろ」
『おお、おお! なんと非情なことか! 《王》はやはり、下々のことなど覚えていないのか! それはないだろう、周防尊、なにしろ彼は――』
 そこで御槌は言葉を切り、ぼそりとつぶやくように、
『貴公が、その手で命を奪った男なのだから』
「………………」
 周防はまばたきをして、記憶を掘り起こした。
 自分の手で殺めた人間のことは、確かに覚えている。御槌の事件に限って言うのなら、それはひとりしかいない。
 その名を、周防は口にした。
「穿孔機、か」
『ゴリラ』が両腕を落とし、まさしく本物の類人猿のように地につけた。野太い首を精いっぱい伸ばし、周防に顔を近づけた。
『ゴリラ』の顔が機械音を立て、ゆっくりと左右に開いた。
「そうだ。貴公が殺した男。我が友、穿孔機。その、マークⅡだよ」
 装甲と電子機器で覆われた顔の向こうに、ひとりの男が鎮座していた。狭いシートに身を埋め、操縦桿を両手で握りしめている。
その男もまた、顔の半分が機械と化していた。3つのアイカメラが、きゅいん、と音を立てて、一斉に周防のことをにらみつけた。
「これは復讐の戦だ、周防尊。同時に、人類の革新のための戦でもある。私が開発した異能兵器たち、その中でも最強たる『穿孔機マークⅡ』が君に勝利することができれば、我々は《王》のくびきから解き放たれる――『石盤』の脅威に、ようやく対抗できる!!」
「…………」
『ゴリラ』のフェイスシールドが再び閉じた。身を起こしながら、『穿孔機マークⅡ』は力を誇示するように両腕を曲げ、
『だから、死に給え! 周防尊! 人類のために! 我が友、穿孔機のために!!』
 その腹に、周防は無造作に拳を叩き込んだ。
『うおおおおおおおっ!?』
 御槌の悲鳴を響かせながら、10トンはあると思しき巨体が後ろ向きにでんぐり返り、そのまま一回転して膝を突いた。両手のマニピュレーターをフェアウェイに突き立てて、御槌は声高に非難する。
『なにをする!? まだ口上の途中であろうが!』
「イカレてんな、おまえ」
 呆れるようにつぶやいて、周防は歩き出した。両拳に赤いオーラをまとわせながら、ゆっくりと近づいていく。
 御槌は狂人だ。ほんの二言三言の会話で、それがよくわかった。ならばこれ以上話を聞くつもりはなかった。このデカブツをスクラップにして、さっさと仲間と合流する――それを基本路線に据え置くことにする。
 一方で、『穿孔機マークⅡ』はアイカメラから赤い光を放ち、不敵に笑った。
『フフフ、まあよかろう! 不意打ちも戦闘の作法よな! では――こちらも行くぞ!』
 分厚い両肩を覆う装甲が一気に開放された。ハニカム状に配置されたミサイルポッドが露わになり、一息の間も置かずに無数のミサイルが周防めがけて斉射される。
「……ッ!」
 さすがに息を呑み、周防は横っ飛びにそれを回避した。なにもない空間をなぎ払ったミサイル群は、しかし噴射炎を上げながら急カーブし、どこまでも周防のことを追跡してくる。
 周防は両拳にまとったオーラを、ダブルショットガンのように乱射した。ミサイル群とオーラの散弾が衝突し、無数の火球となって夜の闇を照らし出した。熱と衝撃の波にさらされて、周防は思わず片手をかざした。
 そこに、『穿孔機マークⅡ』が待ち構えていた。
『周防、尊ォッ!!』
 腰だめに構えた拳から、強烈な一撃が放たれた。
 重機のフルパワーに等しい圧力を、周防は交差させた腕で防御する。常人であれば一瞬でミンチになっていたであろう威力を受けて、踵が芝にめり込んだ。
 同時に、『穿孔機マークⅡ』の拳が、左右にスライドした。
『忘れたのかね……『穿孔機』の名前の由来をッ!!』
 スライドした拳の奥、ぽっかり口を開けたシリンダーから、爆発的な速度で『杭』が飛び出してきた。
 支えきることはできなかった。周防の身体は砲弾のように吹っ飛び、グリーンの上を水平に飛び越して、その向こうの木に激突してようやく止まった。
 激しく揺れる枝葉の下で、周防は両腕をだらりと下げる。
 腕からしたたる血が、芝生にぽたぽたと落ちていく。
 両のマニピュレーターで地面を激しく叩き、『穿孔機マークⅡ』は歓喜の声を響かせる。
『ほほう! これは朗報だ! 《黄金》の力で作り上げた異能合金は、どうやら《王》にも通用するようだ! いいぞう、これは素晴らしいデータとなる!! 我々は、また新たな一歩を踏み出すことができるのだ!』
 その声を、聞いているのかいないのか――周防もまた、一歩を踏み出した。
「……おもしれえ」
 周防の唇に、獰猛な笑みが浮かんだ。
 己に相応しい獲物を見出したときの、手加減せずに暴れて良いのだと知ったときの、獣のごとき笑み。血にまみれた手を握りしめて、周防は己の胸の前で、両拳を強く打ち合わせた。
 その頭上、ラスベガスの夜空に、赤い『ダモクレスの剣』が顕現した。

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