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K One Year Later 10



第十回、『神秘のクラスメイト』

著:来楽零

 あれから一年経って――。

 櫛名アンナは鎮目町にある公立中学校に通っていた。
 アンナは幼少期に異能研究施設に入院させられ、そこから出たあとも《吠舞羅》の中だけで暮らし、小学校には行っていない。
 他人の心さえ見えてしまいがちなアンナの感応能力が、学校という閉鎖された集団生活に向かないという理由もあった。
 だが、〝石盤〟のなくなった中学入学の年、草薙の勧めもあり、アンナは学校へ通うことを決めた。それまで《吠舞羅》の皆と交わるだけで充足していたアンナだったが、自分の世界を広げようという決意をした。
「アンナがこないな立派なお姉さんになってもうてなぁ……。尊や十束にも見してやりたいわ……」
 初めてアンナの制服姿を見た草薙は、いやにしみじみとそう言って、八田から「草薙さん、じじくさいっすよ」と突っ込まれていた。
《吠舞羅》の皆は、最初の頃はアンナが学校で上手くやれているのか心配しきりだったが、時が経つにつれ「アンナが学校に通う」という事態に慣れていき、当たり前のこととして受け入れられるようになっていた。
 年上の男ばかりの集団の中で過ごしてきたアンナにとって、同年代の少年少女たちが集う学校という場は新鮮で、戸惑うことも多かったが、アンナなりに努力して同級生たちと関わりながら日々を送った。
 充実はしていたと思う。けれど、いまだ胸を張って「友達」だと言える関係を学校の中で作れていないことが、アンナの密かな悩みだった。

         †

 背後に、神秘的美少女が座っている。
 その事実により、垣根かきね椿つばきは体をカチコチに緊張させていた。
 この度のクラス替えで椿は神秘的美少女――櫛名アンナとクラスメイトになり、出席番号も前後していたため、椿の真後ろの席にあの・・櫛名アンナが座るという事態になっている。
 櫛名アンナは入学当時から注目を集めた少女だった。
 生まれつきだという真っ白な長い髪と、赤い瞳。お人形さんのように整った顔立ち。口数は少なく、神秘的なオーラを纏っていて、ただの美少女とは一線を画した。クラスの中心でちやほやされるような、いわゆる「普通に」可愛い女の子たちも、櫛名アンナは別格として一目置いていた。
 椿は一年のときは別のクラスだったが、櫛名アンナの噂はよく耳にした。
 どこの小学校にも通っていなかったらしいこと。(理由に関しては病気だった説が一番有力だが定かではない)
 深窓の令嬢のように見えるが、実はとんでもない不良で鎮目町の裏ボスらしいということ。(バカみたいな話だが、怖そうな男たちを従えるように歩いていたとか、中学生なのにバーに出入りしていたとか、噂に信憑性を持たせるような目撃談は意外と多い)
 他にも、ヤクザの組長の娘だとか、政治家にも頼られるような占い師なのだとか、様々な噂があった。
 とにかく、謎が多くて近寄りがたい、神秘的美少女なのだ。おいそれとは話しかけられないし、言葉を交わす機会があったら「櫛名アンナとしゃべっちゃった!」と興奮して友達に報告しちゃうような、そんな立ち位置の子だった。
 ――前の席にいてくれたならじっくり後ろ姿を観察したのに、後ろの席にいられると緊張するよぉ……。
 椿は内心でぼやいた。
 彼女がすぐ背後にいると思うと落ち着かないし緊張するが、せっかくなのだから近くで顔を見てみたいとも思う。
 椿はそろそろと、うかがい見るように後ろを振り返った。
 ――うわ、マジ神秘。
 近くで見るアンナは、本当に綺麗だった。俗っぽい綺麗さじゃない、なんだかありがたい美術品みたいな清らかなパワーがある綺麗さだ。
 長いまつ毛が頬に影を落としている。視線がスッと上がり、目が合った。
「あ」
 思わず小さく声が漏れる。ここで視線を逸らして前に向き直ったりしては感じが悪い。椿は慌てて話題を探した。
「あの、えっと……櫛名さん、って、一月のとき、どんな力出た?」
『一月のとき』といえば、一年前の一月を指す。みんなが突然不思議な力を持って大混乱が起きた事件のときだ。
 唐突な質問になってしまったが、去年の入学したばかりのときは事件の記憶も新しかったので「どこの小学校だった?」と同じくらいの、きっかけ作りに使われがちの話題だった。
 アンナは答えず、じっと椿を見た。
 まずかったかな? と冷や汗をかいていると、アンナがゆっくり口を開いた。
「ツバキは、赤い色の力だったでしょう?」
 神秘美少女にいきなり下の名前を呼ばれたこと、そして、神秘美少女が知る由もないことを言い当てられたことに面食らった。
「え……ど、どうして……?」
 確かに、椿はあの騒動の際、赤い色の光が出た。後から聞いた話だと、力の色が赤かった人は炎を出す確率が高かったそうだが、椿のそれはカイロ程度の温度で何かを燃やすこともなく、ポワポワと辺りを舞うだけだった。
 そんな暢気な力が出ただけの椿は危険な目にも遭わなかったので、あの騒動はちょっと楽しかった非日常として記憶している。
 わりと気軽に話題にしているので、学校でも椿の出した力のことを知っている友達はそれなりにいる。アンナは誰かから聞いたのだろうか? けど、アンナの耳に椿のような平凡な子の特に面白みもない話を入れる人などいるだろうか?
「ツバキの名前と同じだね」
「え?」
「椿の花みたいな、綺麗な赤」
 見てきたようにおっしゃる――。
 アンナの瞳は、本当に椿の向こう側にあの一月の出来事を見ているかのようだった。
 言われてみると確かに、あのとき出た椿の力は、空中を舞う椿の花のようだったなと思う。
 椿はアンナの綺麗な顔をまじまじと見つめ、「マジ神秘だな」ともう一度思った。

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