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限定王権戦記「死神と猟犬」

著:鈴木鈴

 羽張迅が狙撃されたという報告を受けた瞬間、善条剛毅は走行中の輸送車のドアを蹴り破り、そのまま高速道路へと飛び出した。
「善条ッ!? なにを――――」
 誰かの声が瞬時に遠ざかり、聞こえなくなる。いや、そもそも善条にはなにも聞こえていなかった。時速100kmを超える慣性移動のさなか、常人なら即死しているであろう着地の衝撃を異能と体術で殺し、そのまま高速道路を逆走しはじめる。混乱して蛇行する対向車をものともせず、青く輝く軌跡を残しながら、善条はフェンスを跳び越えて夜の闇に消えた。
 それから、およそ15分後。
《セプター4》屯所内にて、肩で息をする善条と、それを涼しげに見守る羽張の姿があった。
「来たのか、善条」
 こともなげに言う羽張に、善条は無言で近づき、その両肩を掴んだ。
「なんだ。近いぞ。――おい、やめろ。嗅ぐな」
「血は出ていない。どこを撃たれた?」
「撃たれたのは俺じゃない。いい加減離れろ」
 さすがに突き放されて、善条は何度か瞬きをし、それからようやく状況を把握した。
 足下に、青服の死体が転がっていた。
 胸元が血に染まっている。心臓を一発。おそらくは即死だっただろう。死に顔は驚きのまま固まり、苦痛の色はどこにもない。
 羽張はその死体の傍に跪き、胸元の血を指先でぬぐった。
「正確には、撃たれたのは俺だが、弾丸は届かなかった。これでも俺は《青の王》だ。その程度は防げる」
 よくよく見れば、周りには幾人もの隊員がいた。現場検証と羽張の警護のためだろう。突然現れて《王》の匂いを嗅ぎはじめた巨漢のことを、ごく微妙な表情で見つめている。
「狙撃手も、それくらいは予想のうちだったのだろう。ついでのように彼を撃って、そこで狙撃は終わった。――とばっちりで死ぬなんて、運がなかったな」
 悼むように言って、羽張は立ち上がる。
 周りの状況をまだ観察していた善条は、この日はじめてまともなことを言った。
「狙撃された? ……どこから・・・・?」
 彼らがいるのは、屯所内の備品倉庫だ。
 6畳ほどの広さで、整然とモノが積み上げられ、そして、窓はひとつもない。この部屋の中にいる人間を、『外』から撃ち抜くことなど、常識的に考えれば不可能だ。
 だが、もちろん、彼らの戦争は常識の範囲に収まるものではない。
「司令。痕跡が見つかりました」
 現場検証をしていた隊員のひとりが、羽張を振り返った。羽張はそちらに向かい、隊員が指さす箇所を少し背伸びをしてのぞき込む。善条は羽張の背後に立ち、それを観察する。
 外から空気を取り入れるための換気ダクト。そのフィルターに、弾痕が開いていた。
 羽張は目を細め、断言する。
「ここだな。狙撃手は、このダクトを通じて俺たちを狙撃したんだ」
「し、しかし、司令。確かにこのダクトは外に繋がっていますが、内部で複雑に曲がりくねっています。いかに異能者でも、ここから狙撃するのは不可能では――」
真籠まかごだ」
 そう言ったのは、直感ではなかった。善条の知識の中でも、それだけの芸当ができる異能者はごく限られる――いや、ひとりしか存在しなかった。
 羽張も同じ名前を思い浮かべていたのだろう。焼け焦げたダクトを指でなぞりながら、命令を下す。
「塩津に通達しろ。異能犯罪者、真籠まかご隼人はやとを全国指名手配。生死を問わず、その身柄を至急確保せよ、とな」
「はっ!」
 直立不動に敬礼をして、複数の隊員が部屋の外に駆けだしていく。それを見送って、善条は眉間に皺を寄せながらつぶやく。
「真籠が、どうしておまえを狙う?」
「奴は職業犯罪者だ。相馬辺りに依頼を受けたか、あるいは――《煉獄舎》に加わったか。いずれにせよ、奴は元から俺たちの敵だ」
「そうか」
 善条はうなずき、考えることをやめた。どういう経緯があるにせよ、自分がやることはひとつきりだ。
『霹靂』の重みを腰に感じながら、善条は念を押すように訊ねる。
「生死は問わなくていいんだな?」
「真籠が俺たちを狙うとなれば、被害は甚大なものになる。死人が増える前に奴を止めなければならない。――そもそも」
 と、羽張はかすかに笑い、
「おまえはそんなに器用じゃないだろう。善条」
「ああ」
 善条は笑いもせずに答え、部屋の外へと歩き出していく。羽張の言うとおり、自分は敵の生死を考えて剣を振るうことができるような人間ではない。やるべきことがあるのなら、ただやるだけだった。
 羽張を狙うものがいるのなら、その喉首を食いちぎる。それが、善条が今やるべきことだ。

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