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K SIDE:GOLD 02

著:高橋弥七郎

第二章 逝き遅れの雲野うんの


【特攻】……特別攻撃隊の略称。一般には、特別攻撃隊のような自殺的体当たり攻撃を指す。第二次世界大戦末期、窮状にあった日本軍が、戦況を打開するため組織的かつ大規模に敢行した。一九四四年十月二十日、初めて編成された特別攻撃隊である『神風特別攻撃隊しんぷうとくべつこうげきたい』の名称から、『神風かみかぜ』とも言い換えられる。

 

 雲野うんの征鷹ゆたかは、虚ろな空で叫んでいた。
「よう、待ってくれよ」
 一九四五(昭和二〇)年八月一五日正午。大分の飛行基地で、なにを言っているのかさっぱり分からないラジオ放送の後、戦争が終わった、と聞かされた時から、ずっと叫んでいた。泣いてる者たち、へたり込んでる者たち、呆然としてる者たち……色々いたが、彼だけが、
「そうじゃねえだろう」
 と叫んでいた。
「俺たちは、特攻するためここに集められたんだろうが」
 使命感と高揚感を焚き付けられて、自分の空が死と同じだと教わって、それら全部にムカついて、それでもなお、だからこそ心から、叫ばずにはいられなかった。
「入営してからずっと、クソみたいな奴らにクソみたいな理由で殴られ続けて、それでも空を飛ぶために踏ん張って、あの空の彼方でクソみたいな敵に、自分のありったけをぶつけるためにここにいる・・・・・んだろうが」
 営舎を飛び出してカンカン照りの夏空に、自分が死ぬと決めた場所に、叫んでいた。
「さんざん人を煽っておいて、もう終わったから止めろ、なんて虫が良すぎるぜ。今朝までのおまえたちと同じように、景気の良いことを言ってみろ。信念はどうした、精神はどうした」
 少年の絶叫は蝉ほども響かず、空の下に消えた。
 そんな彼だったから、指揮官だった中将が、正式な停戦命令が届いていない、多数殉忠の将士の跡を追う、と自ら特攻出撃することを決めた、と聞いた時は喜んだ。
「それでこそだ。それが、今までやってきたことの責任を取るってことだ」
 一も二もなく、彼は同行を志願した。
 放送直後の虚脱状態から覚めた幾人かも、同じく同行を志願した。
 そうして八月十五日十七時過ぎ、基地で飛行可能な『彗星』艦上爆撃機全十一機が、腹を突き抜けるようなエンジン音を振りまいて、日の入り前の空に飛んだ。機銃すらもない、敵にぶつける八〇番爆弾の重さと交換した、それ以外に使えない特攻機で、皆が望んだ通りの空に飛んだ。
 空はどこまでも広く、海はどこまでも遠い。その遙か先に、祖国を踏み躙らんと迫る鬼畜米英の艦隊がいることも、忘れてしまうような眺めだった。沈む夕日に、彼は挨拶した。
「じゃあな、お天道様。もう会うこともあんめえ」
 やがて夜が訪れ、編隊飛行も危うくなり始めた頃、奇跡的に敵艦隊と遭遇し得た。
 燃料切れの墜落という最悪の結末を迎えずに済んだ、ありったけをぶちまける機会を与えられた、その喜びに勇躍して、彼は敵艦隊に機首を向けた。凄まじい密度の対空砲火が、向こうから誘導してくれた。あるいは僚機の誰かが先に突っ込んだのかも知れない。
「ありがてえ」
 敵艦隊と僚機、どちらへとも付かない礼を言って、降下に入った。
 体が浮いて、次に座席に押しつけられる。それら戦慄の感触に包まれて、白絹のマフラーに包んだ口元が引きつった。恐れじゃない、恐れてたまるかよ、そう念じることに必死で、走馬灯を流す暇すらなかった。恐れじゃない、恐れてたまるかよ、笑え、笑って――
 砲火に瞬く艦影、
 そこに届く遙か前で、
 いきなり金属が引きちぎれる音と、衝突の鈍い震えが全身を貫いた。
 被弾して、機体が砲弾に押し潰されたのだ。
 すぐに燃えて、死ぬ。
「ダメだったか、クソったれ」
 言葉は心までで、声にならなかったかも知れない。
 ただ、制御を失った機に振り回されながら落下する実感だけはあった。
 こうして彼の、戦争だけが、終わった。

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15,874字

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