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HOMRA in Las Vegas 11

第11話「王と鋼鉄」


著:鈴木鈴

 草薙はジッポを取り出し、タバコに火を点けた。
 ふう、と吐き出した紫煙が、夜の闇に漂う。煌々と輝くホテルの灯が届かぬ裏路地に、草薙はいた。この場所にある光といえば、頼りなげに明滅する非常灯、表の大通りから漏れる明かり、草薙がくわえたタバコの火――
 剥き出しの基盤から散る火花と、いまだにそれを焼きつづける異能の残り火。
 草薙が仕留めたのは、『ダチョウ』が5体、『円盤』が12体と言ったところだ。周防と別れた次の瞬間から、無数の異能兵器が草薙を襲ってきた。草薙は一般人に被害が及ばぬよう、人気の少ないほうへと兵器群を誘導しながら、戦いつづけた――その結果が、これだ。
「……ま、大丈夫やとは、思うがな」
 タンマツを操作しながら、草薙はひとりそうつぶやく。《非時院》から支給されたタンマツで、他のメンバーとは最低限の連絡は交わしていたが、ここ十数分は返信がない。おそらく自分と同じように、彼らも襲撃を受けているのだろう。
『ピラミッド』ホテルにたどり着いて、草薙は己の推測が正しかったことを知った。
 最上階付近、VIPルームがあると思しき場所が爆発し、黒煙を上げている。ホテルの玄関は避難客でごった返し、近づくことすらままならなかった。『裏』に向かった草薙は、そこでまたいくつかの異能兵器を破壊し――
 もう一度、草薙は紫煙を吸い込んだ。
 それから、夜空の彼方に目を向ける。
 そこには、相変わらず剣が浮かんでいた。赤く輝く『ダモクレスの剣』。草薙ですら数回しか見たことのない、《赤の王》の本気だった。
 周防の本気に値する相手が、そこにいるということだ。
 すぐにでもそこに向かおうとする己の衝動を、草薙は抑え込んだ。自分の役割は、《吠舞羅》の統制だ。彼らをまとめ上げ、互いが互いを守れる体制を作ること。周防はひとりでいい――いや、ひとりのほうがいい。そのほうが、奴も気兼ねなく暴れられるだろう。
 そう自分に言い聞かせていた草薙は、ふと、近づいてくる車両に気がついた。
 反射的に臨戦態勢を取る。が、どうやら敵ではなさそうだった。ゆっくりと近づいてくるミニバンは、運転手の姿もはっきりと見て取れた。金髪を短くまとめた、スーツ姿の美女だ。
 やがて、ミニバンは草薙の前で止まった。美女が降りてきて、鋭いまなざしを草薙に向ける。その顔には、疲労と苦悩の色が滲んでいた。
『イズモ・クサナギ。英語は話せる?』
 草薙は肩をすくめ、答える。
『一夜漬けで勉強したで。せやないと、あんたみたいな良い女を口説けんからな』
 美女の表情はぴくりとも動かない。ハズしたか、と悔いていると、彼女はミニバンを顎で示し、
『ついてこい。貴方の仲間を保護している』
 草薙はタバコの煙を吸い込み、吐き出してから、言った。
『まだ名前、聞いとらんけど?』
 美女はわずかな逡巡のあとに、懐から身分証を取り出した。青く染め抜かれた鷲の紋章に、白い文字でこう書かれている――
 Central Intelligence Agency中央情報局
『エリン・オコンネル。CIAのエージェントだ。元、だがな』
『…………』
 草薙はゆっくりとタバコを取り、携帯灰皿にしまった。サングラスの奥の瞳の、冷えた敵意を見て取ったか、エリンは両腕を上げ、
『気持ちはわかる。だが、私はもう貴方たちの敵ではない。CIAは――一身上の都合で、やめることにした』
『どういう都合や?』
 エリンは下唇を噛みしめ、視線を地面に落とした。
『……ついていけなくなった。あの狂人にも、それを野放しにする上層部にも……! 私は、この国を守るために我が身を捧げたんだ。どんな思惑が上にあろうが、国民を犠牲にするような作戦には従えない』
 苦悩の表情にも、吐き出すような言葉にも、嘘は見当たらなかった。
 無論、相手は諜報員だ。草薙の目をごまかす方法などいくらでもあるのだろう。それでも、仲間が彼女のもとにいるというのなら、ついていかない理由はない。
『ほな、案内頼むわ』
 エリンはうなずき、運転席に乗り込んだ。助手席に向かいながら、草薙は釘を刺す。
『妙な真似せんといてな。火傷じゃすまんで』
『安心しろ、私は丸腰だ。信用できないというなら、ボディチェックをしてもらっても構わない』
 草薙はふっと笑い、
『そういうんは、プライベートのときにお願いするわ』
 エリンの口元がわずかに緩むのを見て、草薙は満足した。
 ミニバンがゆっくりと発進する。草薙は再び、爆発炎上するホテルの上階を見上げた。

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