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限定王権戦記「王と酔っ払い」

著:鈴木鈴

 目が覚めた途端、猛烈な頭痛が相馬均を襲った。
「うえ……」
 うめき声をあげて、相馬はどろりと濁った目を何度か瞬きさせた。横倒しになった視界には、畳やタンスやテーブル、そして、散乱した酒瓶が映っている。
 その酒瓶がトリガーとなった。口中に酒の味を思い出すと同時に、胃からのど元に熱く苦いなにかが逆流してきた。たまらず跳ね起きて、急いで周りを見渡すと備え付けの便器があった。そこに頭を突っ込み、相馬は思うさま嘔吐した。
「あー……」
 身体がひっくり返るような収縮反応に何度か耐えていると、そのうち楽になってきた。口元を汚す吐瀉物を手のひらでぐいっとぬぐい、それから相馬は便器にもたれかかるようにして腰を下ろした。
 部屋の中は惨憺たる有様だった。
 ここは、鹿梅拘置所の雑居房のひとつだ。《煉獄舎》がここを占拠して以来、クランズマンは思い思いの場所に住み暮らしている。複数の人間が寝起きするために作られた雑居房は人気の場所で、《煉獄舎》でも上位者の部屋とされていた。
 ここが誰の部屋なのかは思い出せないが、少なくとも今は、複数の人間が――あるいは、人間だったものが、酒瓶に紛れて転がっている。
 死体は2つで、いずれも女だった。片方は半裸で腹から下がはじけ飛び、もう片方はほぼ消し炭になっている。胸の膨らみがなければ、男女の区別もつかなかっただろう。
 そこから視線を背けると、雑居房のドアにもたれかかって眠る男が目に入った。
《赤の王》、迦具都玄示。
 昨晩の記憶が、まだらに蘇ってきた。
 その日の迦具都は、やけに上機嫌だった。外から戻ってきたついでに2人の女を引き連れていたが、もちろんそれが上機嫌の理由ではない。迦具都が女に好かれるのはいつものことだ。危険な男を好きになる女は一定数いるが、それが危険すぎるとなにかしらの生存本能がエラーを起こすのだろう。彼女たちは喜んで迦具都に抱かれ、喜びのまま死体になる。
 ともあれ、迦具都はそのままの流れで酒盛りを始め、なぜか相馬もそれに巻き込まれたのだ。ツートップの飲み会などなかなかあるものではない。何人ものクランズマンが入れ替わり立ち替わりやってきて、供物のつもりか、どいつもこいつも酒を持ってきては置いていった。迦具都は捧げられた酒を浴びるように飲み、相馬も付き合わされ――
 5本目のバーボンを開けたところから、記憶は途切れている。
「アたたた……アホなことしたなァ……」
 己を呪いながら、相馬は痛む頭を押さえ――
 ふと、視界の端に動く、巨躯を見つけた。
「なんや、おったんか、柊」
《煉獄舎》幹部・柊刀麻はこちらに背を向けていた。筋骨隆々の上半身がむき出しになって、焼けただれた和彫りの刺青が相馬をにらみつけている。部屋の隅であぐらをかき、なにをしているのかとのぞき込んでみれば、彼は独酌で酒を飲んでいるのだった。
 相馬は呆れた。今の自分は、酒瓶を見るだけでも気分が悪いというのに。
「迎え酒か? よう飲むなァ」
 柊は、振り返りもせず答える。
「末期の酒だ」
「あん?」
「俺らは終わりだ。もうすぐ死ぬ」
 そう言って、柊はぐい飲みをあおった。
 相馬はそれを鼻で笑う。
「なに言うとんねん、まだ酔っとるんか――」
 そこで、彼はふと、今の状況に気づいた。
 この雑居房は、本来囚人を閉じ込めるための部屋だ。窓には鉄格子が嵌められているし、出入り口はひとつしかない。
 そしてそのドアには、迦具都がもたれかかって眠っている。
 そちらに目を向けながら、相馬は柊の隣に座った。
「……あいつ、昨日どんくらい飲んどった?」
「知るか。あんたのほうが先にいただろ」
「割と酔っ払っとったよな?」
「俺が来たときにはべろべろだった」
 重苦しい沈黙が、雑居房に降りた。
 相馬といえど、迦具都の行動のすべてが読めるわけではない。上機嫌なまま人を殺すことはしょっちゅうあるし、不機嫌でも暴れずに終わることもある。災害と同じようなものだ。まれに予測することはできるのかもしれないが、それは決して完璧なものではない。
 しかし、今までの経験上、ひとつだけ確実なことがある。
 二日酔いの迦具都は、目につく奴を片っ端から皆殺しにする習性がある。
 今、この部屋にいるのは、相馬と柊だけだ。
 猛獣の檻に閉じ込められ、その檻の入り口で猛獣が昼寝している――つまりはそういう状況に、相馬と柊は陥っているのだった。

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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