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Trick or Treat

著:鈴木鈴

「Trick or Treat!」
 夜の街に、子供の甲高い声が響き渡る。横断歩道を群れなして歩くのは、幽霊に魔女に吸血鬼と、この世ならざるものたちだ。手にしたカゴにいっぱいのお菓子を載せて、キャッキャッと騒ぎながら目の前を横切っていく。
 その集団を右から左に見送って、カボチャのマスクをかぶった少年が、ぽつりとつぶやいた。
「こちらジャック。ポイントQについた。準備は万端、いつでもどーぞ」
 外見はカボチャのオバケでも、中身は《jungle》の仮面を改造した最新鋭のヘッドマウントディスプレイだ。もちろん、通信デバイスも最高のものを用意している。イヤフォンから聞こえる相手の声は明瞭だった。
『こちらウィスプ。了解です、ジャック。現在、計画は順調に進行しています。そのまま待機していてください』
「……なあ、これ意味あんのかよ、流?」
 思わずジャックは――五條スクナは、最初に決められていたコードネームを無視して、そんなことを口走ってしまった。相手のウィスプ――比水流は、即座にそれを聞きとがめる。
『ジャック、今の俺はウィスプです。そう呼ぶように』
「はあ……了解、ウィスプ」
『そして、質問に返答します。今回のミッションには、とても大きな意味が存在しています。事前に説明しました』
「そりゃ、わかってるけどさ。あんまりにも簡単すぎねーかな」
 もちろん、他でもない《緑の王》比水流の考えることだ。局所的にか大局的にかはともかく、大きな意味があるに決まっている。その一方で、スクナはこうも考える――こいつはときどき、小学生でもやらない馬鹿なことをやりはじめるからな。
「見てるだけなんて、退屈で仕方ないんだけど。もっとこう、派手に青服ぶっとばすとかのミッションなかったのかよ?」
『そのような状況も起こりうるかもしれません。そのためにきみがいるのです』
「……このお面、取っていい?」
『否定です。今日はハロウィンなのですから、終わるまでつけていてください。ちなみに俺も、ウィル・オー・ウィスプのお面をつけています』
 マジかよ、と口の中でつぶやく。マジなのだろう。『秘密基地』に潜んでいる比水が顔を隠す必要性などどこにもないのだが、彼はそういう冗談を口にする人間ではない。
 鎮目町は夜でも活気のある街だが、今日はそれに拍車がかかっていた。道行く人々は誰しもが仮装し、飲み屋からあぶれた若者たちが道ばたで嬌声をあげている。まだてっぺんを回ってもいないというのに、路上で酔いつぶれている人間も、ひとりやふたりではない。
 それらの光景を、スクナは仮面越しに見据える。ハロウィンに興じている人々の中で、十数人が緑色にハイライトされていた。赤ら顔で笑っている吸血鬼姿の青年、自販機に寄りかかっているサラリーマン、白いシーツをかぶってオバケを気取っている子供たちは、一団まるまるが緑色に染まっている。
 すべてが、《jungle》のクランズマン。今回のミッションの、参加者だ。
 右上の時刻表示が、23:59を示した。

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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