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HOMRA in las Vegas 07

第7話「赤の邂逅」


著:鈴木鈴

 伏見猿比古は、窓際のソファにどかりと身を投げ出した。
 窓の外には、ラスベガスの夜景が広がっている。無数に瞬くカジノネオン、贅を尽くした最高級ホテル群のナイトショー、それらが織りなす綺羅星のごとききらめきは、まさしく百万ドルに値する眺望であった。
 が、その美景も、伏見の淀んだ目を癒やしてはくれなかった。
「お疲れ様です。伏見さん」
 目元をごしごしと揉んでいると、タナカがコーヒーを持ってきた。もっと働けということか。タナカの仮面のような笑顔をにらみつけながら、伏見はコーヒーを受け取り、ちびちびと飲みはじめた。
「そっちの進捗は?」
「伏見さんのおかげで順調です。ホテルの出入り口や非常口17カ所にWヴェーセンサーの取り付けを完了しました。これで、ホテルに異能者、あるいは異能兵器が侵入した場合、迅速に把握することができるでしょう」
 伏見は、ふん、と鼻を鳴らした。異能兵器。馬鹿げた響きだが、実際に襲われた身としては決して馬鹿にできない。あのダチョウじみたロボット兵器が、大挙して攻め寄せてくることを考えれば、なんの備えもしないわけにはいかないだろう。
 伏見は肩越しに、部屋の中を振り返った。
 部屋の中は、ここ数日の改造によって《セプター4》情報室もかくやというほどの出来映えに仕上がっていた。部屋の壁一面には10を越えるモニターが設置され、ホテル各所に配置された監視カメラ映像を(もちろん違法に)映し出している。足の踏み場もないほど敷き詰められた配線をまたぎ越しながら、タナカと同じスーツを着た《非時院》エージェントたちがせわしなく行き交い、あちこちに連絡を取っている――まるで、戦場の司令室だ。
 コーヒーをひと口すすり、伏見は傍らのタナカに訊ねた。
「向こうは俺たちを見つけたと思うか?」
「そう考えたほうがよいでしょう。あれからそれなりの日数が経っています。ラスベガスが彼らの根拠地であることを考えれば、こちらの動向は把握されているでしょう」
 伏見は目を細くし、戦力の分析を始めた。
 敵は米国情報部――CIA、あるいはNSAの、100人からなる非正規部隊と、トンデモロボットのおまけつきだ。方やこちらは《赤の王》を中心として、十数名の異能者がいる。個人的な感想はさておくとして、草薙や八田は異能者としても一級品の実力を持っている。たとえ完全武装した兵士が相手でも、物ともしないだろう。
「……問題は、異能兵器の数か」
 ぼそりとつぶやいた伏見に、タナカがすぐにうなずいた。
「『ダチョウ』――あの二足歩行兵器の総数が不明なのは厄介ですね。少なく見積もっても10体はいると考えたほうが無難でしょうが」
「…………」
 伏見は眉根を寄せる。
 あのとき――『ダチョウ』が襲ってきたとき、バンの車内にいるほぼ全員が、異能フィールドを展開していた。
 通常兵器は、異能者が展開するフィールドに対しては効果を発揮しない。いわゆる蓋然性偏向フィールド、現象の蓋然性に働きかける力によって、通常兵器の弾丸はそらされて・・・・・しまうからだ。どれだけ撃ったところで、それらの弾丸はたまたま・・・・明後日の方向に飛んでいき、異能者の肉体に当たることはない。
 だが、『ダチョウ』の弾は、確かに届いていた。
 それを証言したのは、他ならぬタナカだ。
「あのとき私が展開していたのは、蓋然性偏向フィールドではありません。私が固有する異能、『座標固定ゼロポイント』というものです。特定の対象の座標を固定し、それを自由に動かすことができるというものですが――もしあの能力を使っていなければ、あの弾丸は私に届いていたでしょう」
 この証言は、重大な意味をもたらす。
 それはすなわち、『敵』は異能者に通用する兵器を持っているということだ。蓋然性偏向フィールドを貫通する、いわば『蓋然性修正弾』を装備しているのだ。
 それならば、数の論理が物を言う。もしも『敵』が全員『蓋然性修正弾』を装備し、彼らに向かって斉射したとすれば――異能者であっても、あっという間に死体に変わるだろう。
「………………」
 伏見の眉が、危険な角度に深まっていく。
《吠舞羅》メンバーがひとりでも斃れれば、もはやそこで終わりだ。周防尊はそれを決して許さない。たとえラスベガスが灰燼に帰そうとも、米軍すべてを敵に回そうとも、仲間を殺したものをどこまでも追い詰め、仇を取るだろう。
 その時点で、『世界平和を守る』という伏見の任務は失敗する。
「……結局、全員守んなくちゃいけねえってことかよ」
 吐き捨てるように言うと、やはりタナカがにこやかにうなずき、
「難しいですが、そういうことになりますね。伏見さんにはお世話になっております」
 伏見はタナカにコーヒーをぶっかけてやりたくなった。俺をこんなところまで連れてきたのは、元はといえばこいつなのだ。皮肉のひとつでも叩いてやろうと、口を開いたとき――アラートが部屋中に響き渡った。
「!!」
 壁面モニターに、部屋にいた全員の視線が集中した。
 Wセンサー――ヴァイスマン偏差値を測定する機器によって、それを有するものが通過した場合に知らせてくれる装置が反応したのだ。場所は7番出口、1階カジノフロアの北東出口だ。そこから敵が侵入したのか、と警戒を露わにモニターを見つめた伏見は、思わず怒声を張り上げていた。
「ッ――――、なにやってんだ、ミサキィッ!?」

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