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K SIDE:PURPLE 11

著:鈴木鈴

 炎が、荒れ狂っていた。
 居酒屋の軒先から。バーのドアから。ホストクラブの裏口から。風俗店の窓から。ごうごうと音を立てて噴き出す炎が路地裏にまで溢れかえり、あらゆるものを呑み込んで際限なく広がっていこうとしていた。
 そして、禍々しい赤に照らし出された、路地の上に――
 跳梁する、3つの黒い影があった。
「ハ! ハ! ハ! ハ!」
 影のひとつ、唇に引きつるような火傷を刻んだ男は、高らかに笑声を響かせていた。影がひとつ笑うたびに、火球がひとつ生み出され、それは街にさらなる炎と破壊をまき散らした。
「…………」
 影のひとつ、焼けて欠け落ちた指を持つ男は、無言のままにその手を振るっていた。欠けた指から吹き出す炎がひとつに束ねられ、ひとつの剣となって自在に宙を舞い、壁を切り裂きアスファルトを溶かしていく。
「くそっ、くそっ、くそおおおおおおっ!」
 そして、最後の影――原木条也は、呪いの言葉を吐きながら、力任せに右手を地面にたたきつけた。
 異能の炎が吹き上がり、火球と剣を巻き込んだ。その余波で近くにあった木造のバーが炎に包まれたが、そんなことは原木の知ったことではない。今の彼の関心は、生き延びることだ。そのために、どこの誰が犠牲になろうと、知ったことではなかった。
「ハッハハハハ、やァるじゃねえかよ、バラキィ!」
いつの間にか電柱にぶら下がっていた『唇』が舌を出して笑う。その喉が膨れ上がり、特大の火球を生み出した。戦慄する原木の目の前には、すでに『指』が迫っている。
「死ね」
 短く言って、『指』は炎の剣と、右手に持ったサーベルの両方を振りかぶった。
 頭上に火球。眼前に双剣。
 死地だ。
 背筋が冷たく粟立った瞬間、原木の喉から雄叫びが溢れ出した。
「う、おおおおおおおおおおおっ!」
 それは、意図した叫びではなかった。死にたくない、生きていたい。その思いだけが極まった原木の胸から、自然に溢れだしてきたものだ。
 右手から噴き出す炎の掌が、いっそう大きく膨れ上がり――
 原木はそれを、脇の壁に叩きつけた。
 コンクリートが瞬く間に融解し、そこに原木は身体ごと突っ込んでいく。気が狂うほどの熱痛に、原木は歯を食いしばって耐える。路地裏から建造物の中に退避した1秒後、背後で火球が爆裂し、再びの業炎をまき散らした。
「ぐ……!」
 痛みにうずくまりたくなる欲求を、生存本能で抑えつけ、原木はふらつきながら前に進む。
 炎の明かりに照らし出されたその場所は、どうやらバーのようだった。ネオン看板、ギリシャ彫刻、男のポスター――どこかで見たことがある。だが、それがどこだったのかを考える余裕は、原木にはなかった。背後の壁、原木が作った進入口から、『指』がのっそりと姿を現したからだ。
「…………」
 その全身が焼けただれているのは、おそらく『唇』の火球をまともに食らったからだろう。こいつらは連携を取って自分を殺しに来ているのではない。たとえ仲間であっても、互いの命を大事にしようなどという考えはない。巻き添え上等で、どこまでも追ってくるのだ。
 他人どころか、自分の命さえどうでもいいと思っている。原木が絶叫するような思いで逃げ出したいと思っている死地こそ、彼らの生きる場所なのだ。自分の命を燃やし尽くせる、そういう場所こそ『煉獄舎』の求めるものなのだから。
 正気の沙汰ではない。
 原木は逃げる。その場所から一歩でも遠ざかるために。背後から迫る『指』、迦具都玄示の魔性に魅入られた怪物たちから、少しでも離れるために。
 と――
 そのとき、大柄な人影が横手から現れた。
「ちょっと、なに!? 誰よ、アンタたち!?」
 坊主頭にネグリジェ。その珍妙な姿で思い出した。ここが、どこであるかを。
 その瞬間、原木の内側に膨れ上がるものがあった。恐怖や生存本能ではない。もっと苛烈で、激しい感情を。
 原木はその感情のままに、炎の掌を伸ばした。

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6,938字

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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