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HOMRA in Las Vegas 09

第9話「妄執」


著:鈴木鈴

 マリア・レイエスはベッドに腰かけ、じっとタンマツを見下ろしていた。
 連絡先にある『エドゥアルド』の項をタップして、電話をかけようとする――マリアは先ほどから、何度もその動作を繰り返していた。そのたびに諦めるのは、「仕事中に連絡をするな」とエドからきつく言い含められていたからだ。
 マリアが今までその禁を破ったことはない。ラスベガスに悪名轟くギャングスタ、エドゥアルド・エル・ロホの愛人でいられるのは、なによりその従順さゆえであるということを彼女は理解していた。破天荒で陽気、残虐で幼稚。マリアはそんなエドの特性を理解していたし、また愛してもいた。
 だからこそ、マリアは知っている。
 エドが陽気に振る舞っているのは、あくまでも見せかけに過ぎないということを。その奥に、何者も触れることのできない、黒々とした虚無がわだかまっていることを。
 目覚めるまえ、食事のさなか、情事のあと――マリアはエドの浅黒い顔に、ときおりその虚無が表れるのをつぶさに観察していた。それがなんなのか、訊ねる愚をマリアは犯さなかった。そうであればこそ、彼女は今こうして生きていられるのだ。
 だが――
 マリアはもう一度、タンマツをのぞき込んだ。
 今朝、エドがここを去る直前に、あの虚無が姿を現していた。なにも存在しない暗黒なのに、たまらないほどの焦熱も有しているような――そんな、名状しがたいものが。
 エドはもう、二度とここには戻らないのではないか。マリアはそんな直観を抱いたのだ。
 そのとき、遠くから音が聞こえてきた。
 なにかが破裂するような、爆発するような、くぐもった音だ。
 たまらずに、マリアは立ち上がり、部屋から駆け出していった。
 マリアの護衛として、いつも階下にいるはずの《血と炎サングレ・イ・フエーゴ》のメンバーは、今はどこにも見当たらなかった。
 それもまた、マリアの焦燥を誘った。メンバーの多くはエドが力によって従えている荒くれ者で、中には彼が叩き潰したマフィアの残党も多い。エドに対して良い感情を持っているものは数少なく、マリアの護衛はそういう連中だったはずだ。
 それすらも駆り出されているということは、今回の『仕事』は、相当に大がかりなものだということだ。
 マリアは車に乗り込み、エンジンをかけた。自分が賢くない行動を取っていることがわかっていた。それでもどうにもならなかった。アクセルを踏み込んで、マリアは爆発音が聞こえるほうへと車を走らせていった。

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8,219字

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