見出し画像

K One Year Later 06

第六回、「鎌本力夫の疑問とその回答」

著:鈴木鈴

 あれから一年経って――。

「なあ。俺たちって付き合ってんの?」

 鎌本力夫の一言は、それまで和やかだった食卓の空気を一瞬にして凍りつかせた。
 酒を飲んで上機嫌だった父の笑顔は引きつり、いつもは優しい母が般若の顔で鎌本をにらみつける。そして、鎌本の隣にちょこんと座り、エプロンを着けたまま彼のご飯をよそおうとしていた幼なじみ・布橋歩は――部屋の空気もろとも凍りつき、ぴくりとも動かなくなってしまった。
 彼らの反応に、鎌本のほうこそビビった。なんか変なこと言ったかな、とすら思う。
 歩が鎌本家の夕飯を手伝ったりお相伴にあずかったりするのは、もはや日常の光景と化していた。もともと家族同然の付き合いではあったのだが、去年の《jungle》決戦以降、やたらと鎌本家に出入りするようになったのだ。歩は両親と仲が良いし、一緒にメシを食べることもよくあったから、それほど気にしてはいなかったが――
 発端は、最近やたらと結婚の話題が出ることであった。
 知り合いの姉が結婚した、最近の式はこんなのが流行っている、結婚指輪は安くていいから長く使えるものがいい、などなど――。歩だけでなく鎌本の両親も、熱心にその話題を出すようになっていた。
 鎌本はその話を耳の端で聞いていただけで、なんにも考えずにメシばかり食べていた。歩は今年で17だったか18だったか、結婚なんてまだまだ先の話で、それ以前に相手もいないのだろうに、盛り上がるのはやっぱ女のコだからなのかなー、などと呑気に考えていたのだ。
 雲行きがおかしくなってきたのは、母が鎌本の肩を叩き、
「力夫もしっかりしなさいよ? 歩ちゃんを泣かせたら承知しませんからね」
 そんなことを、言い出したからだ。
 ん? と思った。なぜ自分が歩を泣かせるのか。妹同然の幼なじみで、近所の悪ガキのイジメから守ってやったことはあっても、泣かせたことなど一度もない。
 と、ちゃぶ台の向かいに座ってビールを飲んでいた父が、からかい混じりに、
「そーだぞ、おまえ! 浮気とかするんじゃねーぞ? ンなことしたら俺が布橋のオヤジにぶん殴られんだからな!」
「うちからも追い出しますからね! そんな不人情するようなら、もう息子でもなんでもないわ!」
 そこで鎌本の隣に座っていた歩が、にこにこしながら取りなした。
「大丈夫ですよ、お義父とうさま、お義母かあさま。りっちゃんはそんなことしません。昔から、ずっと私の傍にいてくれるんですから」
「そうかあ? まあ、歩ちゃんがそう言うならいいんだけどよ」
「この子をよろしくね、歩ちゃん。こう見えてそそっかしいところあるから。どんどん尻に敷いちゃってね」
「そんな……あ、りっちゃん、おかわり食べますよね。大盛りでいいですか?」
 疑問がどんどん膨れ上がっていく。この3人は、どうやら自分が知らない真実を知っているようだ。それを確かめるべく、鎌本は口を開き――
 冒頭の言葉に繋がった、というわけだ。
 そこから先は、あまり思い出したくない。怒号と飛び交う食器類、鎌本の頭を鷲づかみにして畳にこすりつけ、自らも頭を下げる父。母は顔を真っ赤にして怒り、歩はエプロンの端でそっと涙を拭い、それでも気丈に笑ってみせていた。
 怒り狂う両親から、這々の体で逃げ出して――そうして、鎌本はやっとの思いでバーHOMRAに駆け込んだ。

ここから先は

7,845字

K~10th ANNIVERSARY PROJECT~

¥1,000 / 月 初月無料

アニメK放映から十周年を記念して、今まで語られてこなかったグラウンドゼロの一部本編や、吠舞羅ラスベガス編、少し未来の話など様々なエピソード…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?