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ハワイに恋して:家族で紡ぐ南国の思い出
子どもができる前、一人旅や夫婦二人旅をしていた頃は、「ハワイ」なんて芸能人か成金老人がゴルフしに行く場所だと半ば馬鹿にしていたところがある。あんなところは、年を取ってからいつでも行けるから、今は若いうちにしか行けない場所に旅行して、いろんなものを見てみたいと思っていた。
子どもが生まれ1歳になったとき、それまで我慢していた海外旅行病が限界を迎え、どこかに旅行したくて居ても立ってもいられなくなった。でも、子どもはまだ1歳になったばかりだし、さすがにニューヨークのような遠くて大都会の街に連れて行くわけにもいかない。そんな時、はじめてハワイに行くことになった。
初めてのハワイはハワイ島旅行だった。知り合いの別荘を借りて、友だち夫婦と1週間ほど滞在した(詳細はこちら)。帰国の前日、ハワイ島からオワフ島に移動し、そこで1泊することにした。大自然以外なんにもないハワイ島はそれなりに魅力的な場所ではあったが、オワフ島のいわゆる「ザ・ハワイ」的なベタな魅力に一発でやられてしまった。そして1年後、今度はオワフ島で年を越そうと思い、家族3人で再訪したのである。
その頃はまだ国内の企業に勤務していて、担当していたプロジェクトはイタリア企業との共同開発プロジェクトだった。仕事相手のイタリア人たちは、12月に入ると早々に全員休みに入ってしまうため、日本の私もまったく仕事にならないことが予想された。そこで、持っていた有給休暇をすべてつぎ込み、12月10日前から休みを取って家族とハワイに行くことにした。
今考えると、外資系でもないコテコテの日本企業で、新婚旅行でもないのに3週間も有給を取り、5週間の年末年始休暇にするという、怖いもの知らずで恐ろしい計画だった。でも、実行した(笑)。行きの飛行機には、ホノルルマラソンに参加するツアー客が大勢いたのを覚えている。彼らはマラソンが終わったら帰国して仕事に戻るのだろうが、私たちは年始まで3週間以上の滞在である。プライベートでもイタリア人を真似てみた。
滞在先はワイキキのはずれ、アラモアナにほど近いイリカイ・ホテルにした。ここは当時、日航のホテルで、キッチンが付いたスタジオタイプの大きなワンルームに比較的リーズナブルな価格で泊まることができた。小さな子ども連れの私たちにとっては、とても理想的な条件だ。
豪華なプールやショッピングゾーンとかはないが、日本語サポート付きの診療所もあり(案の定、子どもが熱を出してお世話になった)、ホテルの眼の前にはヨットハーバーやラグーンが広がり、子どもと朝の散歩をするのにも丁度よい。お隣のヒルトン・ハワイアン・ビレッジはもちろん、アラモアナショッピングセンターにも歩いて行けるので、日常の買い物に不便もない。
ここを拠点に、滞在中レンタカーを借りっぱなしにして、オワフ島のあちこちに日帰りドライブ旅行をして楽しんだ。ホノルル動物園やシーライフパーク、ドールのパイナップル農園など、子どももおとなも楽しめる場所があちこちにある。夜になれば涼しくなるので、ワイキキの中心部にも現地調達したベビーカーを引いて散歩に出かけた。篝火の下でハワイアンダンスショーを見たり、ウィンドーショッピングをしたりして楽しめるし、週末にはヒルトンで花火大会もあった。
3週間以上も滞在して自炊生活を送っていると、まるでハワイに住んでいるかのような気分になって最高な気分だ。どこに行っても子ども連れに優しいし、暖かいクリスマスを思う存分楽しむことができだ。帰りは現地を12月31日に発ち、1月1日に日本に帰国した。飛行機の中で日付変更線を跨いで年を越し、その年は元日が半日ほどしかないという変わった1年の始まりになった。
若い頃はあれほど馬鹿にしていたハワイだったが、これを機に一気にハワイ好きになり、それ以降、毎年のように家族で訪れるほどになった。今でも思い出すのは、寒い冬の日本からホノルル空港に降り立った時、暖かいハワイの空気を吸った瞬間に全身の毛穴が開いたかのようにリラックスできる感覚だ。それを味わうため、毎年、年末に年休を固めて取っていた。よく首にならなかったものだが、首になる前に外資系企業に転職したとも言える(笑)。
今ではセミリタイアしていて毎日が休みなので、すぐにでもこの寒い日本を抜け出してハワイに飛んでいきたいといつも思っている。しかし、かわいい3匹の愛猫たちを置いて行くわけにもいかず・・・。ハワイは子どもに優しいいい場所だが、猫連れにはなかなか遠い場所なのだ。