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なぜ献血のできない男になってしまったのか? BSE騒動とイギリス出張

ワタシは献血ができないらしい。自分勝手を絵に描いたようなセミリタイアおやじなので、特に進んで人助けをしたいと思っているわけではない。しかし、タダで血液検査をしてやろうと企てたとしても、受け付けてさえもらえないようだ。

2000年代初頭、ワタシは仕事の関係でベルギーのブリュッセルに長期間滞在していた。そこを拠点に、ヨーロッパの各地へ訪問を繰り返していた。特にイギリスには工場があり、社内の打ち合わせなどもあったため、よく訪れていた。ちょうどその頃、狂牛病(牛海綿状脳症、BSE)といわれる牛の感染病が大流行した。名前だけでもおどろおどろしいではないか。英語では、「Mad cow disease」と呼び、なんでも牛が口から泡を吹きながら凶暴になり、暴れ狂って攻撃してくるというのだ。想像するだけで夢に出てきそうだ。だから日本語訳は「狂牛病」と名付けられたのかも。原因は、この病気にかかって死んだ牛の骨を粉末にして、牛や羊の餌に混ぜて与えていたからだという。成長を促進するために骨を餌に混ぜることは、普通に行われていることらしい。知らんけど。

イギリスの空港からレンタカーをドライブして工場までの高速道路を走っていると、郊外では見渡す限りのグリーンの丘が広がり、たくさんの牛や羊が草を食んでいるのを見かける。ところがその狂牛病騒動が起こった時は、いままであんなにたくさんいた牛や羊がまったくいなくなった。代わりに広い丘のあちこちに大きな穴が掘られて、そこから煙が上がっていた。イギリス郊外のすばらしいエバーグリーンの景色が、まるで巨大な斎場になったかのような寂しさだった。なんだか国全体が喪に服しているようで、イングランドの曇空としとしと雨がそれを象徴しているように見えた。

イギリス人にとって牛と羊は生活に欠かせない食べ物だ。そもそもイギリスでは、牧草は豊富に生えているが、まともな野菜はじゃがいも以外ほとんど自給生産できていないんじゃないかと思われる。スーパーの野菜売り場に行くと他の野菜やくだものは、ほぼヨーロッパやアフリカ産の表示がされているし。だから牛肉やラム肉を食べないと、彼らは食べられるものがものすごく限られてしまう。イギリス政府は、肉を食べても大丈夫だとBBC等で盛んにキャンペーンをして、国民のパニックを抑えようとやっきになっていた。ワタシだってイギリス滞在中、いくら好きだと言ってもフィッシュ&チップスだけ食べ続けるわけにもいかず、恐る恐るではあるが牛肉やラムも食べていた。

当時拠点としていたベルギーでは、他のヨーロッパ大陸の国同様、イギリスからの狂牛病流入防止に血眼になっていた。大陸側だって牛や羊の飼育が盛んなので、ひとたびイギリスのように狂牛病が流行してしまったら大変な騒ぎになるだろう。当然、空港での水際チェックも厳重になり、肉類の持ち込みは一切禁止され、通常はほとんど見かけない警察犬がバゲッジクレームにたくさんいた。
入国検査も厳重に行われていて、長い列ができていた。ワタシもイギリスからの帰り、たくさんのインド系の人たちに混じってEUパスポート保持者以外の列に並んでいた。手荷物の中にも肉類が紛れ込んでいないか、厳重にチェックされていたようで、なかなか列が進まない。インド・パキスタン系の人たちは、一家全員で移動するせいか、なぜか荷物が多いのだ。一人一つの機内持ち込みルールは、いったいどこにいったのだろう・・・。

ようやくワタシの番が回ってきた。ワタシのひとつ前に審査を受けたインド系の人は、まだブースの横で別の係員に多くの手荷物を漁られている。審査官がワタシに「肉類は一切の持ち込みが禁止されています。あなたは持ってないですか?」と聞いてきた。空港ラウンジで搭乗前に牛肉入りのパイを食べていたワタシは、「ここに入っています」と自分の腹を指さして答えた。緊張感に包まれていた入国審査場が一瞬静まり返り、その後どっとウケて和やかになったのを覚えている。人生で初めて英語でウケた経験だったので、うれしくて今でも覚えている。

チャッピー、なかなかやるじゃん!

あれからもう四半世紀近くも経った。そろそろワタシの献血禁止令もとけたのではあるまいか。何年か前にそんな通達を聞いた気もする。今度人助けのフリをして、血液検査がてら献血してみようと思っている。どうしよう、25年経って感染していたことが判明してしまったら・・・(笑)