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英会話は学問ではない:実践から学んだ理系エンジニアの英語習得術

日本企業で海外プロジェクトを担当し、40歳で外資系企業に転職、42歳で念願であった海外企業への転職まで果たした。そして今では翻訳者としてセミリタイア生活を送っている。このように海外と接点の多いキャリアを積んできたが、「英語が得意だったのか」と問われれば、答えはノーである。学生時代は全く英語が苦手で、テストで平均点を取るのも難しかった。

私見ではあるが、理系で英語が得意な人は少ないのではないだろうか。私も例に漏れず、学生時代の英語の成績は散々であった。そんな私が英会話を学び始めたのは、日本企業で海外プロジェクトを担当することになったためである。30歳で初めて受けたTOEICのスコアは約450点。大学入学レベルと言われる成績で、全体平均点以下の結果だった。このままでは海外プロジェクト業務に支障があると感じ、安月給から通信教育に投資して週末に自宅で勉強を始めた。半年後、再受験の結果は470点。たった20点しか上がらず、通信教育費を考えれば非常にコスパが悪かった。妻にも散々嫌味を言われたものだ。

当時、私の周りのエンジニアは誰も英語学習に熱心ではなかった。エンジニア同士が仕事で専門技術のことを話す場合なら、受験レベル程度の英語力でも外国人エンジニアとの意思疎通は図れるものだと、皆楽観的に考えていたのである。今考えると、恐ろしいほど世間知らずである。

その頃、次第に海外プロジェクトが増えはじめ、会社も社員の英会話教育に力を入れ始めていた。せっかくだからこのチャンスを大いに利用しようと、勤務時間中に受けられる社内の英会話講座に週3回も参加し、さらに週末には自費で「駅前留学」に通う生活を1年ほど続けたところ、スコアは一気に700点に到達した。このスコアは当時の部署ではトップの成績で、いきなり社内各部署の海外プロジェクト関係者からも注目を集めることになった。この時実感したのは、英会話習得には教材を使った自己学習ではなく、会話の機会を徹底的に増やすことが最も重要だということである。実際、週に4回英会話講座を受講し、各講座の講師とも一緒に飲みに行ったり自宅に招いたりして、積極的に英会話の時間を増やす努力をしていたのである。

32歳で欧州での開発プロジェクトに参画、半年間の長期出張を含め多くの海外出張を経験し、現地のエンジニアとも仕事をするようになった。しかし、TOEIC700点のレベルでは技術的な話題をなんとか主張できる程度であり、相手の言葉を十分に理解できないことが多かった。特にイントネーションの強いネイティブが話す英語などは、ほとんど理解できないこともよくあった。それでも仕事の上では、なんとかなっていると自分では思い込んでいた。

40歳で外資系企業に転職し、自分の考えの甘さを思い知ることになる。日本支社で働く同僚の多くは帰国子女で、TOEIC満点が当たり前という人たちだった。それ以外でも海外勤務経験がある人ばかりで、TOEIC700点で自慢していた自分など到底足元にも及ばなかったのである。海外本社で仕事する時はもちろん朝から晩まで英語で仕事することになるし、日本においても日常的に海外と電話会議などがあって英語で仕事が進むことになる。悔しいことに、当時の私の英会話力ではまったく歯が立たず、会議にすらついて行けなかった。

日本企業から出張して仕事していたときは、相手にとって私はいつも大事な顧客であった。そんな私の英会話がいくら不完全であっても、現地の人たちはそれをなんとか理解しようとしてくれていただけだったのだ。それをなんとか意思疎通ができていると、私が勝手に勘違いしていたのである。外資系に転職すると、社内公用語である英語での業務では同じ社内の人間として皆対等で、誰も英会話の出来ない私を慮ってくれたりはしない。海外で専門技術の仕事をしていくには、大前提となる英語力をもっと伸ばさねばならないと痛感したのである。何はなくともまず言葉、技術があれば理解し合えるというのは幻想であった。

42歳の時、念願だった海外企業への現地就職のチャンスを掴むことができた。ところが就職した先は英語圏ではなく、ドイツ語圏のオーストリアであった。当時から業界内では世界的に有名な企業であったので、社内公用語は英語だと信じて疑わなかったが、現実はドイツ語がメインで、社内文書の90%以上がドイツ語。日常生活もドイツ語なので、英語でドイツ語講座を受けることになった。しかし、プロジェクト業務など英語での業務環境も一定数あり、特にドイツ語がまったく話せない私の場合は、必然的に英語漬けの生活になった。ドイツ語圏であったとしても、数年間の海外生活を経験したことで英語力は大いに向上した。

帰国後も同じ会社の日本支社で55歳まで働き続けた。TOEIC受験はしていなかったが、公式練習問題を解いてみた結果では、おそらく900点レベルに達していたと思われる。日常的に英語で仕事をしていることで、何も勉強をしていなくてもこの程度のレベルにはなるのだ。英語は学ぶより実地で使うことが最も効果的だと改めて感じた。ちなみに、TOEICスコアだけで実際の仕事で必要な英語力を語るのは難しいが、あえて言うならば、経験上850点以上は必要になると思う。それ以下では、海外で仕事をするのは難しいだろう。

55歳で早期退職し、今は技術翻訳を行いながらセミリタイア生活を送っている。学生時代の友人が聞いたら信じられないだろう。元々英語が苦手であった私が、30年間格闘してきて確信するに至った事実がある。私にとって英会話は、学問ではなく単なるコミュニケーションツールであるということだ。そのため、英会話を習得するには、勉強するのではなく会話の場に慣れることが一番の早道である。これから海外に出て専門分野を活かして働きたいと思っている人がいるならば、日本で勉強して英会話を身につけるよりも、少しでも早く現地に行って会話に慣れることをお薦めしたい。実践に勝る習得方法はないのである。