オーストリアのスーパーで見つけた、食と文化の違い
オーストリアで生活していた頃は、見るものすべてが日本とは異なり目新しさを感じていたため、特別な場所に出かけなくても、街のスーパーに買い物に行くだけで十分に楽しめた。平日は仕事があり、日曜日にはほとんどのお店が休みとなるため、家族でショッピングセンターに買い出しに行くのは必然的に金曜日の夕方か土曜日の朝になる。土曜日をゆっくり過ごしたい週は、金曜日の午後早め(遅くとも午後3時頃)に仕事を終え、家に帰ってすぐに家族で出かけるのだ。金曜夕方の街では、同じように早めに仕事を切り上げたお父さんたちが、家族と共に買い物をする姿をよく見かけた。
ショッピングセンターにある大きなスーパーは、ほぼ日本と似たレイアウトで、買い物がしやすい。入口付近には生鮮食品、野菜や果物が並んでいる。日本と異なるのは、ほとんどの品が量り売りであることと、不揃いで見た目が悪いことだ。必要な量の野菜や果物をビニール袋に入れて秤に乗せ、ボタンを押すと値段が書かれたシールが出てくる。これを袋に貼ればOKである。山積みの野菜の中には傷ついていたり、少し傷んだりしているものもあるので、気を付けて選んで袋に入れた。しかし現地の人々は、あまり気にせずに購入していることが多い。
肉とハムは対面販売である。最初はドイツ語が話せなかったため苦労したが、周りの人の注文方法を見聞きして覚え、注文できるようになった。パック詰めのハムも売っているが、対面販売のものは品質が良く、比べ物にならないほど美味しい。帰国後しばらくは、日本のハムを食べる気になれなかったほどである。それでいて価格も安く、ロースハムは100gが1.5ユーロ以下で手に入った(15年前の話ではあるが)。種類も多く、迷っていると一枚丸ごと試食をさせてくれる。息子と妻は、平日に近所のスーパーで、いつも数枚のハムやソーセージを試食させてもらっていたらしい。
もう一つ日本と異なり面白いのは、ハム売り場で目の前のハムを、ゼンメルという丸いパンに挟んでサンドウィッチにしてくれるサービスがあることだ。ホットケースにはレバーケーゼというオーストリア名物の温かい成型ハムもあり、これもサンドウィッチにしてケチャップやマスタードをトッピングしてくれる。素朴ながら最高に美味しいため、買い物に行くたびによく作ってもらった。
肉もハムと同じく対面販売が基本である。こちらもパック売りより安く、品質の良いものが手に入るため、ドイツ語を駆使して頑張った。妻は肉売り場の親父と顔見知りになり、ドイツ語の発音を厳しく指摘され、何度もやり直しをさせられていた(笑)。そのおかげで上達は早かっただろう。豚肉は非常に安く、当時は1キロあたり2ユーロ程度で購入できた。当時の価格と為替レートで考えると、日本の約30%程度(-70%)の価格であった。逆に鶏肉は比較的割高で、ヘルシー志向が強いためか胸肉が最も人気があった。牛肉はほぼ日本の輸入牛並みの値段であったが、地元産が多く、フレッシュで品質が高い。
日本ではあまり知られていないが、オーストリアはワインの産地でもある。私たちが暮らしていたグラーツ市のあるシュタイヤーマルク州もワインで有名な地域で、車で30分も走れば広大なぶどう畑が広がっている。スーパーにも地元産のワインが豊富に揃っており、日常的に飲むようなテーブルワインクラスであれば、ボトル当たり5〜8ユーロ程度でとても美味しいものが手に入る。同じものを日本で買うと、だいたい3倍ほどの値段(2500〜5000円程度)になるようだ。ワインも安いが、ビールはさらに安い。オーストリアはビールの国でもあり、地元産のビールをダース単位で買えば、500cc入1本が0.4〜0.8ユーロ程度(60〜100円)である。缶ビールもあるが、環境意識の高いオーストリア人はビンビールを好み、次回の来店時に入口近くの回収マシンに空ビンを投入すると、ビン代が返ってくるシステムがある。
オーストリアの水道水はアルプスの天然水であり、基本的に美味しく飲むことができる。しかし、食事の際にはガス入りのミネラルウォーターを飲むことが多く、これもスーパーで大量に販売されている。6本まとめて買うと、2Lボトル1本あたり0.2〜0.5ユーロ程度(30〜80円)であった。
大きなカートにいっぱい商品を載せて店内を回っていると、日本では見かけない光景に出くわす時があった。棚から取った品をカートやかごに入れず、自分のリュックに入れてしまう人が少なからずいるのだ。中には手に取った飲料を飲んでしまったり、スナックを食べている人も見かける。最初に見たときは万引きだと信じて疑わなかった。今ならスマホで証拠写真を撮っていただろう。ドキドキしながら後を追ってみると、その人は食べたスナックの包み紙や飲料のボトルを手に持ったままレジに行き、それらのゴミをレジに通した上、自分のリュックに入れた商品もレジのコンベアに乗せたのである。こういったことが普通に行われているのである。一瞬でも疑ってしまってゴメンナサイ。
レジの列でも、皆のんびりと待っている。隣の列を見れば、明らかに自分の列より短くなっているが、誰も列を移ろうとはしない。日本であればイライラしてしまうだろうが、オーストリアの人々はまったく気にしていない様子だ。当然のように、おばあさんは会計が終わってから小銭をジャラジャラと数え始めるが、それでも誰も怒ったりしないのを見て、これまで日本でカリカリしていた自分を反省したものである。
今思い出しても、あの頃のオーストリアの金曜日夕方のスーパーに、もう一度戻ってみたいと思う。美味しい食べ物や飲み物をたくさん買い込んで、家族でのんびりと週末を過ごすことは、特別な旅行に出かけるよりも何よりも楽しかったのである。