織田信長の行いと時代の背景についての忘備録
【明智光秀は本能寺に行かなかった?家臣が実行、古文書に】の記事を目にしたのですが、言われてみれば「まあそうだよな」と思います。ただ、こうしたちょっとした情報で色々な背景が変わってくるので重要な手がかりのようにも思います。👇👇
本能寺の変については色々な説があり、秀吉、家康説、イエズス会説なんてものも。この方の意見は朝廷黒幕説ですが、色々な思惑があったのは間違いなさそうです。👇👇
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織田信長は生きていた説で、福井県からバチカンに渡りジョルダーノ・ブルーノとして法王を目指し、枢機卿まで上り詰めて亡くなった…といった広大な説まであった。👇👇サイトの画像を見ると確かに似てます。
改めてこの時代を振り返ってみると、
・海外勢力が活発で、すでに東南アジアはフィリピンを軍事拠点にしたスペイン帝国が東アジアも占領し植民地化しようとしていた時代のまっただ中だった
・宣教師が布教だけでなく商人と諜報員と軍事顧問の役割も担っており、他国を侵略し植民地支配するため先遣隊として動いていた
のだという。結構危ない時代だったんだなと痛感します。