『もっと』

プレハブみたいな2LDKの部屋で、ペンギンと一緒に寝て目を覚ました。

外はセールスレディ2人が、前の棟の扉を叩いては、強引に勧誘している。

(こりゃこっちにもくるな…)

そう思い、カーテンを開けず居留守を決めこむ。

ベッドの上で、ペンギンに鳴かないように我慢してもらう。

ベッドに横になりペンギンを抱きしめ、静かにしていると、ドアの隙間からセールスレディの部下の方がこちらを覗いている。

(え?鍵かけてなかったっけ?)

目が合った途端、ズカズカとセールスレディが部屋に上がり込んできた。

何かの取扱説明書を、勝手に新しいものに変えていく。

「ちょっと!何勝手に上がり込んでるんですか!出ていけ!私の部屋にあるもの全て触るな!」
と私は腹を立て怒鳴った。

お構い無しに仕事を終えたセールスレディの上司の方が、ゆっくりとベッドに座り私に説教を始めようと、ため息をつき始めた。

「勝手にベッドに座るな!不法侵入で警察呼ぶぞ!」と私は一方的に怒鳴り散らす。

セールスレディの上司の方がゆっくり話し出す。

『私達は、世界トップレベルの会社なの。上は世界をまたに掛けて取引をしている。だからあなたがどんなに喚いても無駄よ。』

部下が『先輩、コイツに頭突きして目を覚まさせてやったらいかがですか?』と笑う。

「頭突きでも何でもやれよ!お前らの言うことが正しいならやればいいじゃないか!」と私は目をつぶり頭突かれるのを待った。

(頭突きか〜…耐えられるかな、私も石頭だから大丈夫だと思うけど。)
内心ビクビクしていた。

頭突きが…こない。

目を開けると上司の方が諭すように口を開く。

『私達は、実力社会なの。自分達の手で売上をあげて、会員を増やしていかないと認められないのよ。』

私は、彼女達が実力主義に縛られているように感じた。

「実力主義って言うけど、それ女がやる仕事か?男が競って契約を掴み取って上にのしあがるような事を、女に無理やりさせる会社が実力主義か?」

「もっと自由になれ。」
「もっと自分の能力を無限に使える職場へ行け。」
「もっと自分を解放してやれ。」
「もっとやりたい事があるだろう。」
「もっと楽しめる仕事が沢山あるだろう。」
「もっと過去の自分に詫びて好きなように生きろ。」
私は2人に叫んでいた。

遠くのビルで一般企業の年老いた男性がビルの窓からスピーカーを使いストを起こしている。
その下で数名の男性社員が、お祭りのように集まる人々に笑顔で紙を配りながら、金魚釣りを開催していた。

上司の方がフラフラと歩きだし、そのスピーカーから出る言葉を聞きに行く。

しばらくして戻ってきた彼女の顔は、希望に満ち溢れていた。

「◯◯証券とかならどうだろう。男性社員も沢山おり、女子は補佐役じゃないけど男性社員をフォローしながら仕事ができる。」と私は2人に提案した。

部下が『雑用係しろってこと?』と訝しがる。

上司が『◯◯証券なら、確かに男性社員に舵を握ってもらい、私達はもっと自由に仕事も恋愛もできるかもしれない。家庭をもてるかもしれない。』

(そうだ。男女平等という名のもとの《男尊女卑》が横行しているなら、本来の男女平等を掴めばいい。)

プレハブ小屋に、真っ白な白鳥が飛んで帰ってきた。

(バレずに中に入れ!早く早く!)と目で白鳥を促す。

白鳥は静かに網戸から中に入り部屋に戻った。

私は気づかれないように、そっと後ろ手で部屋の扉を閉じる。

部下が何かを話しかけようとして、こちらを振り返ったが、何も気づかないフリをしてくれた。

私達は青い空と緑色の芝生、風を心地好く浴びながら、もっと遠くの未来をそれぞれ見つめていた。

目が覚めて腕時計を見ると11:57分。
(もう昼か…)

窓の外を見ると隣のアパートの上の階の窓から、レースカーテンが気持ち良さそうになびいていた。

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