私とカップメンと 親子編
プラントノベル
テレビから、いつもの日本酒のCMが流れた。社会人になった息子が、父親と小料理屋で酒を酌み交わすというもの。
自分にも父親がいれば、もうそんなことがとっくに出来る年になっている。
物心ついたときから家に父親はいなかった。
母ひとり、子ひとりの家庭だった。
父は、ある人に騙されて借金があり、それを母に隠して交際していた。
自分が三才のとき、父の借金が一千万円近くあることを知り、母は離婚に踏み切った。
あれは、十歳になったばかりのある休日のことだった、その日、自分は母方の祖母に手を引かれて都内の遊園地へ行った。
園内に入ると、知らない男性が手を振っていた。
「春くん、こんにちは」
その人は、じゃがんで自分と目線を合わせて微笑んだ。
「この人、誰」
尋ねると、
「春彦のこと昔から知ってる人なのよ」
見上げた祖母が言っていた。
最初は不安だったけど、そのおじさんと手を繋いで一緒に遊んだ。
おじさんは優しかった、一緒にメリーゴーランドやコーヒーカップに乗ったり、冗談を言って笑わせてくれたり、肩ぐるまもしてくれた。
夕方になって祖母に連れられて帰るころには、すっかり仲良しになっていた。
別れ際、おじさんは両手を強く握りしめてきので、自分は悲しくなって、声を上げてと泣いてしまった。
その出来事から数年後のある日、父親が亡くなったと連絡が入り、学生服に着替えて、母と一緒に父の実家へ向かった。
玄関を入ると叔母が迎えてくれ、中に通された。奥の座敷に入ると、そこには棺が置かれていた。
何をすればいいのか分らず、とりあえずその前で正座をして呆然としていると、叔母が口を開いた。
「兄さん、だらしなくて駄目な人だったけど、春彦が大学に行くなら自分が学費の面倒みたいって言ってたのに、本当に駄目な人ねぇ」
そう言いながら涙を流す。子供の頃、あの遊園地で一緒に遊んだ相手は棺の中の父だと、このときに教えられた。
でもそんなこと、ずっと前に気づいていた。
火葬、通夜、葬儀と、数日に渡って自宅と父の実家を行き来した。
人の死というのは勉強や運動は異なった独特の疲れがあるのだと妙な関心をしながら、自宅の居間でぐったりしていた。
すると、母がやってきてテーブルの上にカップヌードルをニ個置き、ポットでお湯を注いだ。
「これね、あの人が好きだったの、供養だと思って食べて」
出来上がるまで3分間、母が思い出話をしてくれた。まだ、父と一緒に暮らしていた頃、自分はこれを食べたことがあったらしい。
小さな器に麺を移してフーフーと冷ましてから、幼い自分に食べさせてくれていたそうだ。
母は泣きながら箸で麺をほぐしはじめた。
その姿を見ていたら、なんだか自分まで悲しくなってきた。
フタを開けてスープを吸い込む。
そのスープの味は、いつもよりも、しょっぱい気がした。
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