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コンサートレビュー:ピアニスト鈴木愛美さんを聴く2/23
去る2月23日(日)、ミューザ川崎シンフォニーホールのホールアドバイザー小川典子さんの企画公演「第12回浜松国際ピアノコンクール優勝者鈴木愛美を迎えて」を聴きました。
開演前のプレトークで、第12回浜松国際ピアノコンクールについて、審査委員長を務めた小川典子さんによるから、説明がありました。
応募者は638名。1次審査で87名、二次審査で24名、三次選考で12名まで絞られ、本選まで進んだ6名の中から1位に輝いたのが鈴木愛美さん。このコンクール史上初の日本人優勝、かつ女性としても初優勝でした。
本選結果発表 | 審査結果 | 第12回浜松国際ピアノコンクール
ちなみに、このコンクールでは審査員間のディスカッションはないそうで、審査委員長の小川典子さんも、他の審査員の評点はわからない仕組みだそうです。
プレトークの後半で鈴木愛美さんご本人も登場し、小川さんと対談しました。
話しぶりにあどけなさがあり、自身でも「人見知りでシャイな性格」と話す愛美さん。優勝の瞬間、にわかに信じられず、状況の把握に時間がかかったそうです。2023年から、日本音楽コンクール、ピティナ・ピアノコンペティション、浜松国際ピアノコンクールと、国内コンクールを立て続けに優勝していることについて、「自分には強運があるのかもしれない」と話していました。
小川典子さんから「美しい音色の持ち主」、「音楽に対する真摯な姿勢」、「深みと洞察力がある」と評される鈴木愛美さんの最も好きな作曲家はシューベルト。室内楽について尋ねられると「好きです」と即答していたのが印象的でした。この日はピアノ連弾も聴けるので、演奏前から期待が高まります。
この日のプログラムは以下の通り。
・ハイドン:ピアノ・ソナタト長調 Hob.ⅩⅥ:6
・猿谷紀郎:Division 28 for Piano
・シマノフスキ:メトープop.29より第1曲「セイレーンの島」、第3曲「ナウシカー」
・シューベルト:幻想曲ヘ短調 D940 op.103 (共演:小川典子)
~休憩~
・シューベルト:ピアノ・ソナタ第18番ト長調 D894 op.78
ハイドンのソナタは、一音一音の粒立ちと、トリル、弱音の美しさが際立っていました。時折チェンバロのレジスターを思わせるような音色の変化を感じました。リズムのキレがとても心地よかったです。
猿谷紀郎氏による"Division 28 for Piano"は、第12回浜松国際ピアノコンクール委嘱作品で、第2次審査課題曲。曲の全体を把握しているのでしょう。愛美さんは、この現代曲を自身の言葉で語り始めます。広い音域の早いパッセージも濁らせることなく、曲の輪郭を描いていました。
シマノフスキでは、曖昧模糊とした表現と、ギラリと光るような鋭い音色のコントラストが印象的。
ここまで聴いてみて、鈴木愛美さんというピアニストは、曲それぞれの性格を明示する能力に長けていることがわかります。
さて、いよいよお待ちかねのシューベルト作品です。
シューベルトの死の年1828年に書かれた、4手による幻想曲ヘ短調。小川典子さんのセコンドの伴奏に導かれ、プリモの愛美さんが奏でる切ない第一主題をきいただけで、一気に引き込まれました。小川さんの堅実な伴奏の上に、愛美さんは実に瑞々しいシューベルトを紡ぎます。互いに息を合わせて合奏しながらも、しっかり自分の歌を歌っている。シューベルトの恋心が込められた曲を、切々と歌う彼女の天分に心酔しました。
そして、最後のプログラム、シューベルトのピアノ・ソナタ第18番ト長調。第一楽章、愛美さんはやや顔を上げて、天から音楽が降りてくるのを待ち、ゆっくりと奏でられた第一音は、静寂の中から浮かび上がるような美しさの極み。第一主題は一音一音に心が通い、深い呼吸があります。第二主題も星が瞬くような美しさに、ぐっと気持ちをつかまれます。再現部に入ると、図らずも涙腺が崩壊しそうになりました。
第二楽章も、第一楽章の雰囲気そのままに、滑るように音楽が流れていきます。その音楽の落ち着きと自然さは、良い意味で年齢不相応。目隠しをされたらピアニストの実年齢を言い当てることができないでしょう。
第三楽章は、リズムが重くならない。とても柔軟で、力感が無く、軽やかさがあるのです。上手く表現できないのですが、一種の運動神経の良さを感じました。
第四楽章。まるで右手と左手が軽やかな対話しているようです。全ての音が研ぎ澄まされているのに、神経質にならず自然体なのです。クレッシェンドのかけ方、フレーズの歌わせ方などに無理がありません。
全て引き終えて、余韻がホールが消えるまで数秒の沈黙。愛美さんがピアノから離れると、ミューザ川崎シンフォニーホールは万雷の拍手で満たされました。
アンコールは、シューベルトの「楽興の時」から第2曲Andantino。これもまた絶品。そうです。こんなシューベルトが聴きたかったのです。
YouTubeにアップされたインタビューで、好きなピアニストについて尋ねられた鈴木愛美さんは、「ラドゥ・ルプー」と答えていました。
日本にも、千人に一人のリリシストが降臨しました。
最後までお読みいただきありがとうございました。