記録
その小説に出てくる人物は皆、一様に憂鬱に沈んでいる気がして、私にはそれがとても癒しになった。ある女性はいつもお風呂に入ることを日常の愉しみにしていて、明るいうちのお風呂や、雨の日のお風呂、そしてその時々の窓から見える様々な光景が目に浮かぶようで静かに降りて行くことができた。記憶の底に。とても懐かしく、哀しいと感じた。忘れてしまった物事と、それに付随する感情を愛していた訳ではないけれど、何故だかとても懐かしくて、今ではそれらがもう既に記憶の底に在ることが哀しいのだった。
過去に憎んでいた人物も死ぬし、それと同じく自分もまた死ぬ。いつ死ぬかは分からない、ただとめどない時の流れの中で、為す術もなく、どうすることもできず、今日も生きている。夏の、真っ盛りの、かがやくような光の中に数々の残像があり、それらが私の中にさざ波を立てていくのを感じていた。