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瞳の闇と防空壕

※不調な方はお控えください。今回はギャグ部分は少ないです。


私が小学2年に上がる前の春休みだったと思う。
家族5人で観光ツアーに参加した。

大型バスに揺られて、荒れた硬い砂の大地に降ろされた。
サボテンや木一本ない、草もほぼない。

約30人?くらいのツアー参加者がバスガイドの案内でゾロゾロと歩き出す。バスはどんどん小さくなり視界から消えてしまったのにも関わらず、大地は空との境界線を綺麗に保ち続けている。

この集団は一体どこに行こうとしてるんだろうか?
幼い私はこの集団が黙々と突き進んだ先には何もないのではないか?と考え始めていた。

何もない方がよかった(´・ω・`)
バスガイドが目的地を忘れちゃったからバスに戻りましょうと引き返してくれたらだいぶ良かった。

到着しましたというガイド。周りを見渡すが、特に何かがあるようには思えない。
集団の一部は「ほほぅ、これですか」といったように何かを見ていた。

私も気になり集団が見ているものを見た。

ん?地面にぽっかりと穴が開いている。

穴の直径は人間が縦に入れるくらいの幅でそれ以上でもそれ以下でもない穴であった。
しかし、先はブラックホールを覗くように暗闇が続いている。

バスガイドが案内する。
ここに今から順番に入っていくというのだ。

・ω・??!、?、!、!!!

観光ツアーの正体は防空壕体験であった。

私は無理だった。泣き出した。
1歳しか違わない兄も当然仲間だろう?と思っていたら「僕は平気だよ」と兄。
当時、兄は冒険アニメにはまっていた。

姉は、妹の我儘であると安定供給の非難を行い、父と母は、子どもに無理強いは良くないからここで一人で待たせるという結論を導きだした。

!?

ざわめく周りの集団。バスガイドも心配し、再度父に確認する。
父「あー、大丈夫ですから!」
バスガイド「そうですか…」

集団は次々に鉄の手すりを使い、穴に入っていく。終わりあたりの一人の女性は女児を一人残すことに
「え、大丈夫なの?!」
という豆鉄砲をくらったような声を発したが、その時には父と母はもう地上にいなかった。

小学2年の女児を荒野に一人残し、集団は暗闇に吸い込まれ、そして、私は一人大地に残った。

防空壕体験の前に命と事件と事故の勉強がだいぶ足りてないのか機能していない集団は地上から消えたのだった(完結)

とはならないのが現実で
私は目の前の穴を見下ろしながら、一人でぽつんと寂しくなった。
かの集団は、別世界に逝ったのかもしれないと考えた。この穴は異世界転生ルートかもしれなかった。
でも入れない。

どうして私はこの暗闇がこんなにも怖いのだろう?
私は記憶のおさらいをした。

2歳頃だったと思う。慣れ親しんだ空間が変わった。
父の転勤であり、お引越しだった。
部屋に置かれていた家具や窓などの配置が変わって環境の変化を感じた。

母はしばらく手続きなどに負われ気を張っていたが、ある日、幼い私が笑いかけても笑わなくなった。

私は俯きぎみの母の瞳を覗いた。
瞳の中には底知れない闇があった。

私の笑顔を見せれば母は元気に…

しーん(´・ω・`)

その時にあることに気付いたが、咄嗟に蓋をした

それからは人と目があっても逸らすという行為が私に定着した。一時的に自分を守った。

私には目の前の穴が母の瞳の闇と同じであった。

「ここで待ってて」

私は穴のそばで母の言いつけをしばらく守った。
しかし、待てど暮らせど誰一人として穴から帰ってくる気配や音もないのである。

私は荒野を一人で歩き出した。

たどった道を変えるだけだ。

※私は私であったが、まだ私ではない
しかし、信頼に足る人たちの支えを受け、自己との対話をし感情には適切な作法で対応できることを生きた先に知るはずだ。

私はしばらく、こっちではないか?と思うほうを歩き続けた。

喉が渇いたが我慢した。

歩き続けたら、乗ってきたバスが視界に入ってきて、運転手らしき人が一人いて、そして少し時が経つと暗闇に呑まれた人間たちがワラワラと姿を現した。

なんだ、みんな暗闇から出てこれるじゃないか(*´ω`*)ほっ

その中には馬鹿な父と母がおり、私は仕方がない両親だなと思った。

絵に描いた餅のようにハッピーエンドになるかというと…、まだ先はだいぶ続く


(´・ω・`)



大人になり子を持った私は母性や父性から起きるある作用を知るのだった。

母「私たちはどうせ動物なのよ」

ぶひ!ぶー、ぶぶー!!

ぶ、ぷひ!私たちは人間だ!

親から適切な愛情を受け取れなかった人間が、愛せるかもわからない人間が、子を宿していいのだろうか?とフルーツバスケットの今日子は自白ができた。

が、私はできなかった。

私の兄は出生時、へその緒を首に巻きつけ、一時的に窒素した。

兄は息を吹き返したが、母が受けた多大な精神的負荷は当時はあまり認識されておらず、心のケアはなかった。母は目の前の育児や家事が以前のようにできない産後うつのような状態になった。
それをみた父は不安定となる。おそらく父は母に元気にもなってほしくて、乳児を抱えた状態の母に拒めない性行為を行った。
母は私を身籠った。

父は年子は恥ずかしいからと職場にしばらくの間、私がこの世に誕生したことを伏せた。

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