永遠のテンポエムチャイルド その3
前の日に
薬局で
化粧の仕方を聞いて
買ってきていたのです。
店先では
うまくできたのに
その日の朝は
うまくいかないので
付けたり消したり
試行錯誤の連続です。
あまりにも厚化粧ではいけないし
そうかといって
薄化粧では
少し心配だし
どうして良いかわからなくなりましたが
時間が来たので
十詩子らしく
薄化粧で出かけました。
待ち合わせ場所は
国鉄の尼崎駅です。
当時の尼崎駅は
木造の小さな駅舎で
戦争で燃えてしまったので
急ごしらえで作った
駅舎が
まだあったのです。
相当早く
ついてしまった十詩子は
悟を待ちました。
待ち合わせの時間が
ちょうど来たとき
計ったように
悟が
駅の待合室にやってきました。
十詩子は
笑顔で「お早うございます」と言いました。
悟もはにかみながら
「おはよう」と返事をしました。
ふたりは
待合室の
木の作り付けの椅子の座りました。その時の十詩子の
いでたちは
白に大きめの赤の水玉模様の
ワンピースに
赤のハイヒールです。
髪の毛は
もちろん染めていなくて
黒い髪を
お下げにしていました。
白いハンドバッグが
とっても清楚な感じで
悟は
昼間の日光の下で見た十詩子に
少し心を奪われました。
かたや悟は
当時の大学生がそうであるように
白のワイシャツに
薄いベージュの
ブレザーを着ていました。
開襟で
髪がぼさぼさのところが
十詩子には
頼もしく思いました。
ふたりは待合室で
改めて
自己紹介になりました。
悟:
僕は悟と言うんだ。
○○大学の2年生なんだ
大学に行っているんだが
経理の勉強もしたくて
専門学校にも行っています。
畑違いだから
少し難しいよ
十詩子:
そうなんですか
私は十詩子
今年の春
豊岡から出てきました。
この近くの工場の経理課に勤めています。
社命で専門学校に行っています。
簿記の試験に通ると
資格手当が付いて
給料が少し増えるの
がんばっています。
実家に少しでも
仕送りがしたいので、、
悟:
十詩子さんは親孝行なんですね
僕なんか親のすねばかりかじっていて
十詩子さんには
頭が上がらないなー
十詩子:
別に私が学費を出しているんじゃないので
私に言わなくてもいいと思いますよ。
あなたも
勉強にがんばってるんじゃないんですか。
悟:
そう言われると
恐縮しますよ
勉強はがんばっていやっているつもりだけど
あまり成果が上がらなくて
私の母が
後悔しないように
がんばるように
と言われているし
十詩子:
後悔しないようにって言われたの
私と同じですね
親の考える事は
同じね
悟:
当面の課題をクリアするために
がんばりましょう。
十詩子:
そうですね
じゃ
中央図書館に行きましょう。
本を借りに
前行ったことあるの
「僕も行ったことあるよ」
と言って
ふたりは
駅舎から出て
自転車で
駅の前の道を
まっすぐ南に向かいました。
十詩子と悟は
自転車で駅前を南に向かいます。
警察署の横を過ぎて
道が細くなって
まっすぐ行くと
国道2号線に出ました。
当時の国道は
真ん中に路面電車が通っており
荷車も
国道を通っていました。
国道に出て
右に曲がりちょっと行くと
左側にできたばかりの
立派な文化センターがあります。
文化センターの向こう側の
庄下川との間の地道を入っていくと
大きな空き地があって
その向こうに
2階建ての
図書館があります。
前の自転車置き場に
自転車を止めて
鍵を掛け
2階に上がりました。
2階には自習室があって
満員に近くたくさんの人が
いました。
ふたりは
真ん中の
ふたつ空いている席
隣同士に座りました。
入り口に
大きく
「静粛」と書かれていて
静かな学習室です。
ふたりは
目くばせはするものの
話は出来ませんでした。
昼の
12時近くになると
座っている人が
立って
出ていきました。
昼ご飯にでも
行くのでしょうか。
十詩子は
悟を見て
悟も
十詩子を見て
目で合図して
同時に学習室を
出ていきました。
悟は
「お昼はどうする。
パンでも食べる?」
と聞きました。
十詩子は
レストランで
一緒に食事をしたかったんですが
「えっえ
そうしましょうか」と答えてしまいました。
十詩子は何も言えず
パン屋で菓子パンを買う羽目になってしまいました。
内心
「レストランで昼食じゃないの
パンは好きだけど
パンとレストランは
違うでしょう」と思いつつ
仕方がないので
好きなパンを撰びました。
悟は
自分の分だけお金を払って
しまったのを見て
「あー
敬子が言っていた
事態になってしまった。
どうしようかな。
見込みはもうないのかなー」
と思いながら
十詩子は自分の分を
払いました。
ふたりは自分のパンを持って
パン屋を出ました。
阪神尼崎駅前の公園のベンチに座りました。
気候が良かったので
気持ちは良かったですが
十詩子の心は
少し気が滅入って
しまいました。
悟は
簿記のことや
大学のことや
いろんな事を話しました。
でも
十詩子はそんなことより
レストランの事が
気になっていました。
食べ終わって
悟は
「図書館は
話が
できないので
もっと他の場所はないかな」と
十詩子に聞きました。
十詩子:
そうね
図書館では
ちょっとふたりで勉強する意味ないですよね。
悟:
そうだ
喫茶店に行かない?
喫茶店なら
コーヒー一杯で
相当粘れると思うし
十詩子:
それはいい考えね
当時は
喫茶店のが段々と増えていく時期で
時間があれば
喫茶店に行くという
習慣ができつつある時期でした。
ふたりは
国道沿いの
雰囲気の良い
喫茶店の
窓側の席に座りました。
喫茶店の窓際の
座ったふたりは
コーヒーを頼みました。
十詩子は
心の中で
「しめしめ
これで良いのだわ」
と考えていました。
ふたりは隣同士に座って
簿記の問題を
あーでもない
こーでもない
と議論しながら
解いていきました。
一杯のコーヒーと水は
すぐになくなってしまいましたが
そんなことも気にせず
居座っていました。
3時にもなると
なくなったコーヒーカップ
前にしていると
居づらくなって
何か頼まないといけないかと
十詩子は思いました。
十詩子:
三時だから
何かおやつ食べません。
ケーキなんかお好きでありませんか。
甘い物は苦手ですか。
悟:
それは良いね
甘い物は僕は大好きです。
十詩子:
無理してません?
お酒の方が好きじゃないんですか。
悟:
無理はしていません。
僕は甘い物好きなんです。
お酒は飲みませんし
食べるのは
甘い物しか
ケーキなんか良いですよね
十詩子:
そー
それは良かった
ねえ
ケーキ頼みませんか
悟:
それは良いですよね
ふたりは
店員を呼んで
ケーキを頼みました。
美味しそうな
ケーキが
前に並びました。
ふたりは
食べ始めました。
特に悟は
美味しそうに食べました。
それを見た十詩子は
満足でした。
食べ終わってから
水を飲んで
またそれから
数時間
ねばって
勉強しました。
夕日が
窓から差し込みはじめた頃
誰から言うともなく
この辺りで終わりにしようと言うことになりました。
悟は伝票を
さっと取って
会計を済ました。
十詩子は
「やった-
やっぱり
悟はいい人だわ
敬子にも言えるわ」と
心の中で
叫んで
顔は
赤くなってしまいました。
十詩子と悟は
自転車で
国鉄尼崎駅に向かって走り始めました。
来たときと同じ道順ですが
途中で
もうすぐ駅というところで
十詩子は止まって
「私の家はあそこなの。
一番上の屋根裏部屋よ」と
悟に指を指しながら言いました。
悟は
「あー
屋根裏部屋?
なかなか良いよね。
ロフトだよね。」
と答えました。
十詩子:
ロフトって
悟:
ロフトというのは
屋根裏部屋のことだよ
天井が
斜めになっているだろう
斜めって英語で
ロフトと言うんだ
だから
屋根裏部屋をロフトって言うんだ。
十詩子:
そうか私ロフトに住んでいるんだ
何か良いよね
と笑いながら答え
国鉄駅まで行きました。
そこで
悟は
「またね
次の日曜に
試験場で会おうね。
今日は楽しかったよ。
じゃーね」と別れを言いました。
十詩子は
軽く会釈で答え
手を軽く振りました。
悟は地下道で東海道線向こう側に行ってしまいました。
それから
市場によって
お魚と
明日の味噌汁の具の豆腐を
買いました。
お部屋に帰って
「これが私のロフトよね。
そう見ると何だかおしゃれなお部屋よね。
でも殺風景なお部屋よね
おしゃれとはほど遠いような気がするわ。
そうだわ
もっと綺麗にしなくっちゃ
もし悟さんがお部屋に来ることになったら
こんな部屋だったら
幻滅してしまう。
よーし
綺麗にしましょ」
と心の中で言って
魚を炊いて
そのお汁で
野菜を煮ました。