永遠のテンポエムチャイルド その11
十詩子の
東京での最初の仕事は
経理電算化の年内実施の
推進です。
手書き経理をしていた今までの
経理課員には
青天の霹靂です。
会社の方針とはいえ
反発があったことは
言うまでもありません。
十詩子は
この計画を
成功させるには
現場の理解が
必要だと
考えました。
そこで
十詩子は
前もって
各経理課に行って
根回しをすることにしました。
1ヶ月余を掛けて
十詩子と
係長は
回りました。
十詩子は
係員から理解を得るように
したのです。
地方によっては
二度行ったところもありました。
こんな根回しで
最大の難関は取り払われ
後は
忙しいだけの
事務的な
仕事でした。
日曜日も
地方滞在が多く
大阪に行くことは
困難でした。
悟とも
全く会えなくなったばかりでなく
電話さえ
夜遅くまで仕事をする関係上
出来なかったのです。
10月に
電算化に
移行すると
出てくる問題を
ひとつずつ解決していく仕事が
あって
一年は
瞬く間に終わってしまいました。
東京に赴任して
一年経って
十詩子の仕事は
順調に終わりました。
仕事が終わると
係員の大方は
キャリアとして
各経理課に
配置転属しました。
十詩子も
大阪に戻れると
望んでいたのですが
転勤の内示が
人事部長より
ありました。
引き続き
東京勤務で
会社のすべての業務を
見直して
電算化できないか
検討するチームの
リーダーに任命されると言うことでした。
十詩子は
具体性のないこの仕事を
任されて
不安半分
帰れないという
欲求不満半分というところでした。
新しい仕事へ
移るちょっとした時間があったので
大阪に帰ることにしました。
この一年で
大阪に帰るのは
三度ありましたが
三度とも仕事で
悟に会えたのは
一回だけです。
それもちょっとの時間だけ
十詩子は残念に思っていました。
それで
4日の
休暇で
やってきたのです。
まず尼崎工場の
敬子を尋ねました
敬子は
今は
コンピュータの
入力担当者として
毎日キーボードに向かって仕事をしていました。
十詩子:
お久しぶり
敬子さん
敬子:
エー
十詩子係長
今日は
どんな仕事で
今日はうちの課長
出掛けていないわよ
十詩子:
係長は辞めて
今は係長じゃないのよ
今日は
私用なの
敬子さんに会いに来ただけなの。
このケーキ美味しいのよ
新宿で買ってきたの
これよ
敬子:
美味しそう
食べてみたいわ
十詩子:
食べましょ
食べましょ
お皿と
コーヒーを
二人は
湯沸かし室で
準備して
休憩室で
座りました。
敬子:
頂きます。
十詩子:
頂きます。
ところでお仕事どうなの
敬子:
十詩子係長に教えて頂いたように
仕事をしているよ
ブラインドタッチも
上達したし
入力では
私が
一番早いのよ
競争したことはないけど
十詩子:
敬子さんは
器用だからね
私なんか
ブラインドタッチは
ちょっと無理みたい
敬子:
係長がそれでいいの
そうか
係員にやらせているんだね。
十詩子:
そんなことないでしょ
自分の仕事は自分でやっています。
いつだってそうだよ
敬子:
そうよね
十詩子は優しいから
私も十詩子の下で働きたいわ
十詩子:
敬子さんと
また
一緒に働いてみたわね
同僚が良いわ
敬子:
ところで
悟とはどうなの
十詩子:
今日夕方
会う約束になっているの
四ヶ月ぶりかな
夕方
悟と
尼崎駅前の
喫茶店で会いました。
いつもと同じように
気候の話や
学校の話
会社の話なんかを
長々と
しました。
しかし
十詩子の会社の様子は
あまりハッキリとは言いませんでした。
ハッキリ言うと
悟との
距離が大きくなってしまうと思ったのです。
でも不器用な
十詩子は
うまく嘘をつくことができませんでした。
悟には
そんな十詩子の話は
わかっていたのです。
翌日
悟の大学に
付いていくことを
約束して
その日は別れました。
その後
大阪のホテルに
電車で向かいました。
窓から見る
尼崎は
懐かしいけど
何だか遠い存在のように思われました。
ホテルに泊まるのは
慣れているけど
今日は
明日のことを考えると
心がウキウキしてきます。
「そう言えば
昔
悟の大学に行ったのが
きっかけで
今の私になったんだ。
でもあの時
行かなかったら
まだ敬子さんと
同じように
尼崎工場で働いていて
毎日のように
悟とあっていたかも知れない」
と思いました。
翌日朝早く
尼崎駅に行きました。
悟と待ち合わせです。
尼崎駅で待ち合わせるのは
何年ぶりでしょうか。
尼崎で住んでいたときの
お部屋が
駅からかすかに見えます。
「前に大学に行くために
待ち合わせしたときは
お弁当を
作ったのよね。
今日は作れないわ
どうしようかな」と
考えつつ
駅で待っていると
悟が
やってきました。
悟:
おはよう
待った?
十詩子:
今来たところよ
今日は
お昼は
どうするの
悟:
お弁当だけど
あっ
そうか
十詩子さんは家からでないから
お弁当じゃないんだ
それは悪いことしたな
十詩子:
別に良いよ
この頃は
お弁当を
家で作る事はないの
会社に社員食堂があってね
みんなと
食べているの
それに
昼食付き会議が
よくあるものだから
悟:
十詩子さんは
忙しいんだね
十詩子:
まあ
会社だからね
うまく使われているの
私ドジだから
悟:
そんなことないでしょう
十詩子さんは優秀だと聞いていますよ
先日
敬子さんに
電車の中でばったりあって
ちょっと話したんですけど
十詩子さん
係長さんなんでしょう
十詩子:
敬子さんそんなこと言ったの
係長ではないのよ
ちょっとしたチームの
リーダーみたいなものです。
係長のような職ではないのよ
悟:
そうなの
でも
役付きで偉いんでしょう。
十詩子さんと
気軽に呼べなくなるかも
十詩子:
そんなことないわ
私は
悟さんの
そばに本当はいたいの
でも、、、、、
ふたりは黙って電車に乗って
梅田で乗り換え
私鉄に乗って
大学に向かいました。
大学は
駅から山手に
少し歩いていくのですが
いつもとは違って
無口に黙々と歩いていきました。
大学の門を過ぎると
十詩子は
「大学広いね
前の大学に比べると
広いね」と
どうでも良いことを
話しました。
それで
静まりかえっていた
ふたりに
会話が戻りました。
悟:
そうなんだ
前の大学は
ビジネス街という感じだったけど
今度の大学は
大学という感じだよね
グランドがあったり
図書館が建っていたりして
十詩子:
そうよね
大学という感じかな
悟:
工学部は
奥なんだ
スチームの暖房機が付いているんだよ
冬になると
カチンカチンとうるさいんだ。
十詩子:
それは
少し古いね
昔専門学校にも
付いていたよね
悟:
そうだね
ぼくは
スチーム暖房と
因縁があるのかも
十詩子:
そんなことはないと思うけど
今日の授業は何なの
悟:
今日は構造力学と
環境だったかな
十詩子:
環境って何
悟:
環境工学と言うんだ
薬学の公衆衛生学と
似たところもあるんだよ
十詩子:
悟さんは
建築が好きだものね
そんな和やかな話でしたが
十詩子は
悟の気に障るようなことを
言わないように
注意して話していました。
悟も
そんな十詩子に気がついていました。
悟と十詩子は
一見和やかに話しているようですが
しかし
ふたりは神経を使っていました。
十詩子も悟も
お互いに相手を
傷つけないように
気をつければ付けるほど
離れていくような気がしたのです。
十詩子は
一歳下なのに
一流会社の係長で
それなりの高給取りです。
かたや
悟は
親がかりの
未だ大学生
もちろん働いたこともない
世間知らずの
無職です。
違和感を感じながら
翌日も
同じように
大学で会っていたのです。
十詩子は
行くまでは
楽しかったのですが
会うと
気をつかってしまって
気疲れしてしまうのです。
こうして
十詩子の
短い休暇は終わりました。
悟は
新大阪まで
見送ってくれました。
十詩子は遠慮したのですが
どうしてもと言うことで
新大阪まで来たのです。
平素は
そこまで見送らないのに
その日に限って
新大阪まで来てくれたのです。
十詩子は
ホームの
悟を
見えなくなるまで
ズーと見て
手を振っていました。
何となく気まずい思いで
悟と別れた
十詩子ですが
否応なしに
東京で仕事に
打ち込まなくてはなりません。
朝から朝食付き会議も
珍しくはなく
地方に一日で出張
帰京も希ではありません。
十詩子に仕事は
十詩子のチームの
仕事は
十詩子自体が探し出し
作っていくのですが
次々と
電算化できる事務や作業が見つかって
仕事はどんどん増えていくのです。
費用対効果も
良いので予算と人材が用意できて
チームの人員は20人を越えてしまいます。
十詩子が言うには
「部下が優秀だから
何の問題もなく
スムーズに仕事ができた」
そうです。
しかし優秀な部下を
うまく使うのは
上司の度量というか才覚です。
十詩子は
仕事自体にも
注意を払っていましたが
それ以上に
人間関係を
大事にしていました。
十詩子は
お酒は飲みませんでしたが
チームの飲み会にも
こまめに出席して
酒ものもないのに
宴席では
あたかも酒を飲んだように
はしゃいだりして
過ごしました。
小まねに部下を褒めたり
部下の失敗を
陰でフォローしたり
勤務時間外でも
会社にかかりっきりでした。
ここまで話すと
十詩子は
キャリアウーマンのように見えますが
そんな風とは
全く違います。
黒のパンツスーツに
白のテーラー襟を
外に出しているそんな姿を
思い出すかも知れませんが、
そんな格好はしていませんでした。
当時はパンツをは言わずに
スラックスと言っていましたが
そんなものは
十詩子は持っていませんでした。
タイトスカートも
あまりはいたりしませんでした。
十詩子の
服装は
いつもフレアスカートに
白のブラウス
淡い色のスーツをとか
カーデガン
を着ていました。
髪の毛は
ながく
伸ばしていました。
会社にいるときには
後ろで束ねて
まとめていたのです。
この長い髪の毛は
仕事に没頭する
十詩子にとっては
手入れをするのが大変でした。
しかし切らずにいたのは
初めて
悟と会ったとき
描いてくれたもので
悟と会うときだけは
先の方に軽くウエーブを掛けて
見せたかったのです。
十詩子の周りには
いつも輪ができていて
頼れるリーダーとして
大きな人望を得てたのです。
そんな十詩子の会社生活の陰で
悟との関係は
希薄になります。
春に帰って
夏休みにと冬休みに帰って
会えるのが
やっとで
電話でさえも
あまり話せなくなってしまいました。
一方悟の方は
十詩子のことを
もちろん忘れずにいました。
しかし
毎日あっていた十詩子が
いなくなって
むなしい感じを
紛らわすために
好きな建築の勉強に
没頭していました。
悟も
十詩子と同じように
一途な男だったのです。
毎日課題の
製図をしたり
好きな構造計算を
手計算で解いたりして
時間を過ごしていました。
十詩子が東京に行ってしまって
2年が過ぎて
悟は
大学の4年になりました。
就職が気になり出しました。
その頃の就職は
9月解禁と言って
9月から始まることになっていました。
悟は
取りあえず
東京勤務の
会社はないかと
探しましたが
東京勤務と言っても
全国に転勤になるかも知れないので
確実に東京に行く方法を
考えました。
悟の調べたところに依ると
例えば建築職で
東大とかが募集するらしくて
そこに就職すれば
転勤もなく
東京にズーと入れるという事になるそうです。
そこで
国家公務員試験を受けることになりました。
手始めに6月に国家公務員試験と
その力試しに
大阪府の地方公務員試験を受けることにしたのです。
悟は
就職試験のために
相当勉強しました。
しかしそのことは
十詩子には言いませんでした。
もし落ちたら
恥ずかしいので
言わなかったのです。
悟は
試験に備え
盤石な構えをするために
十詩子に連絡もあまり取らなかったのです。
一方十詩子は
東京本社勤めになって
4年目になり
十詩子の仕事は
また新しい部署になりました。
今度は
商品企画室
勤務となります。
十詩子の会社は
鉄鋼関係の一流企業ですが
鉄鋼関係以外の
商品が作れないか
調査研究する部署です。
実際には十詩子が今までしていた
情報関係のシステムを
商品と出来ないか検討する部署です。
前の部署の
優秀な人材と
営業畑の
人材を集めて
チームとして作ったのです。
十詩子には
仕事で
心配なことが
ひとつだけありました。
それは
十詩子が女性で
多くの部下が男性だと言うことです。
十詩子は
美人ではありませんが
愛らしい人好きのする容姿で
言い寄る男性も
後を絶ちません。
今までは
うまく言っていたのですが
少し疲れた
十詩子は
効率的に
よい方法はないかと考えたときに
新しい部署に移るのをきっかけに
薬指に指輪をしてはどうかと思ったのです。
もちろん指輪は
悟からもらいたかったのですが
悟におねだりするにも
今度会うのは
夏と言うことで
この際は
自分で買ってしまおうと言うことになりました。