めざせ!世界チャンピオン!!というキャッチコピーからの違和感

こんな正当化していいのでしょうか?という話です。以前某元世界チャンピオンの人が運営しているジムで練習をしてたことがありまして、そこのキャッチコピーに「めざせ!世界チャンピオン!」みたいなことが書かれていて、今更ながら違和感を覚えました。この違和感の正体は世界チャンピオンを目指すことであらゆることを正当化するのっていいのかな?という風に思ったからです。(そのジムは実際は世界チャンピオン目指さない人もいるから強要はしてません。)

でも、一部そういう気質のところはこのジム以外でも垣間見れてまして、たとえば、とあるトレーナーが言ったことで大半の人は仕事しながら練習をしているのですが、練習の時間にいけなかった選手に対して「お前なんでこないんだ!ボクサーは練習が仕事なんだからな。」という言葉をチラッと聞きました。(こんな人がトレーナー?)

これは違うなぁと思いつつ、言われた選手側は可哀想だなと思った理由は、そもそも生活があって、健康であって、スポーツはできるわけです。そうなると、生活費を稼ぐことや健康であることの優先順位は高くなります。

つまり、ボクサーは練習が仕事なんだからというのは、ファイトマネーで生活している人あるいは、練習することで収益を得ている人以外は当てはまらないからズレた発言と感じました。目指しているんだから、チャンピオンと同じように練習しなければならないみたいに思うのは手軽ですが実行し続けることはできるのでしょうか。

本当に目指すのであれば、生活や健康が確保された状態を作ることが大事で、精神論や、目的による行動正当化で手軽に何とかしようとすると、目先の頑張っている感は得られても、根本的な改善は見られないことが予想されます。

なので、確かに目的は強力な力を生むのでいい側面もあるけど、手軽に変えられる特に精神的な部分の正当化は目的から遠くなってしまうのではないでしょうか。どうなんでしょうか。


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