【全文】創意工夫を促す知財教育が、新しい教科をつくり出す?
表現活動やものづくりにおける知財・知財権について学ぶ、その1歩手前から考えるフリーペーパー「ちまたのちざい」。特集記事「知財の実践Q&A」では、専門分野の現場で活動する4名の識者に、知財・知財権に関わるようになったきっかけや取り組み、可能性についてお聞きしました。
特集記事では、紙数の都合上、ご執筆いただいた文章の一部をダイジェストでお伝えしました。しかし、お伝えしきれなかった文章のなかにも、知財・知財権の学びにつながるたくさん重要な内容が含まれており...。そこで執筆者の許諾を得て、ここに全文を掲載させていただくことにしました。
本日お伝えするのは、三重県立四日市商業高等学校 教諭(2021年3月時点)の世良清さん(現在、名古屋文理大学 情報メディア学部 准教授)にご寄稿いただいたテクスト全文です。
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(1)知財/知財権について、ご自身が関わるようになった/考え始めたきっかけを教えてください
高校教諭としては、私はこれまで30年余りにわたって、工業高校、商業高校、普通科高校で教壇に立ってきましたが、工業高校では、独自の発想で物作りが出来る素地のある生徒も多いのですが、商業高校や普通科高校では、知識の記憶に向かってしまい、工夫したり、アイデアを生むという学習体験ができていないというジレンマがありました。
そこで、最初に目を付けたのが、産業財産権でした。生徒自身が考えた商品や、それを市場に出すために商標権を取得するという授業プロセスを生み出しました。最初は、地域の中小・零細企業の協力を得て、その企業の商標権を出願するという内容の授業を実施しました。商業高校を卒業して地域の企業に就職する生徒にとっては、知財の知識に乏しい企業にとって即戦力となると考えたことによります。
これを経験した生徒は、学校で得た知財の知識を実際に就職先で活用し、製造や販売の現場と特許庁や弁理士事務所との橋渡し役(インタプリタ)として活躍している例もあるようです。
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(2)学校教育現場において、知財および知財権を知る/学ぶ重要性をどのように考えていますか
こうして、私の「知財教育」はスタートしました。しかし、正確に表現すると「知財権教育」ということになります。すなわち、この教育活動も、単に知財の知識の記憶にとどまっていることに気付いたのです。
そこで、地域の素材を活用して商品を開発することによって、地域の発展に寄与するというマインドを育てることにしました。その最初の商品は、現任校である三重県立四日市商業高校の課題研究の授業において、地域で栽培される伊勢茶の摘み取りを生徒自身が行い、それを製造業者によって、ペットボトル製品として商品化するというものです。伊勢茶は全国的に見ても有数の地産品であるにも関わらず、生徒にはなじみが無いようでした。パッケージデザインを試行錯誤を繰り返して完成させ、商品名も「おいしくってほれ茶った」とネーミングし、商標権を得ました。身近な地域に目を向けて活用することは知財を活用した商品開発教育であり、先行していた知財権教育との融合を図ることができました。
▲「おいしくってほれ茶った」パッケージデザイン
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(3)項目(2)を実感したエピソードについて教えてください
生徒は、こういった教育環境を整備すれば、私たち教師が思いもつかないユニークなアイデアを出してくれることを実感しました。ペットボトルの商品名も、私が知らないうちに決まっていたものですが、テレビや新聞で紹介されると、高校生が商品を開発するということ自体がままだ珍しかったのかもしれませんが、県市などの行政機関や、流通企業から問い合わせが相次いだこともあります。しかし、翻って考えると、高校生が考案した商品であることを宣伝して商品販売を図るというのは、教育の本質とはかけ離れてしまうことがあるので、注意しないといけません。
その後、三重県立津商業高校に異動し、津市に古来から伝わる餅菓子「けいらん」を発信することにしました。伝統的な商品とはいえ、廃れていく傾向にあり、地域文化の継承に、知財教育の考え方を導入しようと思ったことにあります。初期の商品は、春夏秋冬に合わせて、水ようかん風の「涼けいらん」や、雪景色を表した「雪けいらん」などを企画し、個店に提案、実際に生徒が店舗に出向いて接客実習するというものです。これは、小さな個店だけで販売することにし、商店街に人々を誘引するプル戦略として位置づけてPRしました。これは、工夫して生み出した魅力的な商品を情報発信することによって、地域活性化に貢献するというマインドを育てることになります。さらに、三重県の県庁所在地に所在する学校として、県土全体を見渡し、県によって指定された伝統野菜や果実を使った「松阪赤菜けいらん」「三重なばなけいらん」や、伊勢・志摩・鳥羽市の海藻を使った「鳥羽あおさけいらん」などを生み出し、単にもの作って終わりではなく、誰でも実現可能なビジネスモデルを提案することに成功しました。
▲けいらんをPRするビジネスモデル「匠プロジェクト」
一方で、全国に商品を発信するプッシュ戦略として、亀山市関宿の伝統和菓子「関の戸」のオリジナルパッケージ「伊賀忍者」「海女さん」などを作り、実際に、東京・日本橋にある三重県のアンテナショップで販売するなどの活動も、高く評価していただくに至りました。
▲銘菓「関の戸」のパッケージ例
知財教育は、工夫やアイデアを生み出す力をトレーニングするにとどまらず、地域活性化を進める人材の育成にも大いに貢献できそうです。さらには、福祉を進める人材育成にも応用できそうです。
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(4)学校教育現場における知財/知財権の活用について、どのような可能性を感じていますか
知財教育は、突き進めば、教育改革そのものだという考えにたどり着きます。アイデアや工夫することは,特別なことではなく、常日頃からトレーニングすることによって、生み出すことが出来るようになります。そこは、「知財」がとれて、「教育」だけになります。ある面、それはとても良いことですが、しかし「知財教育」の立ち位置が失われてしまいます。そういう意味では、「知財権教育」を核にした「知財教育」をきちんと定義していく必要性を感じています。
知財教育は、教科で言えば、国語で引用や著作権、理科で発明、公民で知財法、というように、各教科で知財にかかわる教育が考えられる一方、これらを統合した、新しい教科「知財」が出来ても良いのでは、と考えるようになりました。教科「情報」が生まれて久しいですが、教科「知財」は、行き詰まった社会を切り拓く新しい時代の切り札になる予感を持ちます。
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(5)学校教育現場において知財創造教育のモデルケースになるような授業実践例をおしえてください
これまでは、先にも述べましたが、緑茶のペットボトル製品や、地域の伝統菓子を商品開発するという商業高校らしい知財教育を展開してきました。これは課題研究という、大学で言うゼミナールのような授業で実現できたのですが、今年は、四日市商業高校に10年ぶりに戻ってきて、普段の授業で出来る知財教育の授業を開拓しています。教科「知財」を視野にいれつつ、既存の教科「商業」の授業の枠内ではありますが、「情報処理」でプレゼンテーションやそのナレーション、そこには著作権が関係しています。「商品開発」でビジネスプランやンビジネスモデル特許、「課題研究」でも「商業美術」で意匠権を扱うなど、教員誰でも、普段の授業の延長上で取り組めるような一般的な内容を実践しモデルケースを作る作業を進めています。
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世良 清/
名古屋文理大学情報メディア学部 准教授。近年では三重県立津商業高等学校 教諭、三重県立四日市商業高等学校 教諭を経て、現職。三重大学 非常勤講師、名古屋市立大学大学院経済学研究科 研究員、重慶大学(中国)経済与工商管理学院 海外項目主管、前内蒙古師範大学物理教育研究所 招請研究員も務める。
知財教育の実践研究を標榜して約20年、商業高校での商品開発を通した知財教育を進めてきました。また、非常勤講師として、これまでに、三重大学「知財学」「職業指導」、名古屋市立大学「経営学特講」などの講義をもち、知財教育の高大連携や、さらには中高連携などにも関心を持って進めています。最近は「日本の知財教育史」をとりまとめて、公にしたところです。日本知財学会に知財教育分科会を発起人として設立させ、また、学校教員のネットワークを構築するため、内閣府の知財戦略推進事務局と連携して「知財創造教育連絡協議会」をキックオフしました。
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本論稿に関する関連情報:
▲「知財創造教育連絡協議会」の設立提案の趣意が書かれてあります。
▲名古屋文理大学のウェブサイトに掲載された世良清さんの業績一覧。
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