デザインが機能する時間軸を伸ばす〜2020年度グッドデザイン賞 審査ユニット05(キッチン/生活 雑貨・調理家電)審査の視点
グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに20の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット5(キッチン/生活 雑貨・調理家電)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。
2020年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit 5 - キッチン/生活 雑貨・調理家電]
担当審査委員(敬称略):
鈴木 元(ユニット5リーダー|プロダクトデザイナー|GEN SUZUKI STUDIO 代表)
辰野 しずか(クリエイティブディレクター / プロダクトデザイナー|Shizuka Tatsuno Studio 代表取締役)
中坊 壮介(プロダクトデザイナー|Sosuke Nakabo Design Office 代表、京都工芸繊維大学 准教授)
村田 智明(プロダクトデザイナー/デザインプロデューサー|ハーズ実験デザイン研究所 代表取締役)
サステナビリティを実装したデザインが多く見られた
鈴木 今年の本ユニットの審査では、275件の応募数に対して、約3割に当たる76件がグッドデザイン賞を受賞しました。その中から、グッドデザイン・ベスト100を受賞したのは4件になります。これらを中心にお話していきたいと思います。
本ユニットだけに限った話ではなく、グッドデザイン賞全体に言えることですが、循環型社会やサステナビリティが言われる中で、今年はデザインが実装され始めた年という印象を受けました。ユニット5でも、デザインが機能する時間軸が長いもの、長い寿命を考えられたデザインが高い評価を得たのかと思います。例えば、ペーパータオルの代わりに使える「さささ」というプロダクトや、長く使えるためしっかり作られた「ツボエの極上おろし金」、製品の先に地域の職人文化を持続性を見ている「雄勝ガラス」という酒器などがありました。
特にグッドデザイン・ベスト100に選ばれた受賞対象は、サスティナブルな視点を持った製品というだけではなく、実物を近くで見たときに非常に丁寧に細やかに作られていて、遠くを見る視点と近くを見る視点の両方が上手く合わさったところに、魅力が生まれていると思いました。そういうデザインが今年評価を集めた物に共通する一つの特徴かなという印象でした。
正しいことを正しくやっているデザイン
鈴木 おろし金「ツボエの極上おろし金 箱-hako-」はごく真っ当に、真面目に作られたおろし金です。例えば、おろし金の金部分が1.5ミリステンレスで作られていることで安定し、どっしりとしていて、かつ補強のために端を丸める必要がないので、汚れがたまらず衛生的に使えるようになっています。シリコンの黒い蓋も特徴的で、刃を守るだけではなく、おろし金の下に置くことによって、滑り止めになったり、おろしたものを保存するときの蓋になったり、非常に細かいところまで丁寧に作られていて、正しいことを正しくやっているデザインだと思いました。このように実直で真面目なものづくりは、とても魅力的だと思います。
中坊 キッチン雑貨というのは、多くのガジェットが登場して消えるという分野でもあります。一方で、料理を作る上で、信頼できるツールであって欲しいという思いもあって、そういう状態が混在しているような感じがあります。今回ベスト100に選ばれたこのおろし金は、まさに後者に当たるタイプで、「ツールとしてのおろし金を実直にデザインしたらどうなるか」をおろし金専門メーカーさんが真剣に取り組んだ結果です。
産業廃棄物を利用した新しいプロダクトの開発
中坊 次に、酒器 [雄勝ガラス]です。モニター越しに写真で見えている色は少し茶色っぽいというか実際の色とちょっと違うですが、実際はちょっと地味な彩度の低めの緑色みたいな色味をしています。このガラス器の最大の特徴はこの色です。この地には古くから硯の産業がありますが、その硯を作る工程で出る削り屑が産業廃棄物として捨てられている状況があって、その削り屑をガラスに混ぜ込んで、何かいい色が出ないか、ということで作られたと聞いています。最初は普通に混ぜると硯の色なので、ただ真っ黒のガラスができて、不透明だったそうです。なので現在のような深い色味とは程遠いものだったそうですが、配合の分量などをさまざま検討する中で、このような淡い色が出るということがわかり、微妙にチューニングしていったそうです。やはりその色味が非常に魅力的で、顔料で着色されたものとは違う魅力があります。今回受賞したのは一連の酒器なのですが、これをきっかけとして他のガラス器に転用できる可能性もあります。元々、硯の産地であったところが、新しいガラスの器で、ここでしか作れないものを新たに作り出していき、いろいろなタイプの生活用品に転用されていくと非常にいいなと期待しています。そういった可能性も含めて、評価されたのではないかと思いました。
和晒しの魅力を再発見するきっかけを作った「さささ」
辰野 次は、グッドフォーカス賞 [技術・伝承デザイン]を受賞した布ふきん 「さささ 和晒ロール」です。このプロダクトは見てわかるように、ロール状の和晒しという布のプロダクトです。布にミシン目が入っているので、必要な分だけ切り取って、台拭きとして使ったり、お出汁を濾したり、野菜を蒸したり、キッチンで様々な用途に使うことができます。近年、使い捨てのキッチン用品が増えている中で、このプロダクトは何度も使えるという点において、環境への配慮もされており、とても高評価でした。「和晒し」は最近の生活の中では消えつつあるものですが、このように今の生活に溶け込んで、使いやすいプロダクトに昇華したことで、和晒しの魅力を再発見するきっかけが作られたことは、すごく良かったと思います。布の厚みと薄さもちょうどよく、切り取ったところ少し綻ぶのですが、それ自体もとても愛らしい。使うときに気持ちが高揚するようなプロダクトであり、審査会場でも光を放っているプロダクトだと思いました。
環境に配慮したデザイン
村田 こちらは、レジ袋・買い物袋 「バイオライメックスバック」です。こちらはレジ袋なんですが、通常の石油由来のレジ袋とは違います。紙袋でもないです。石灰石と植物由来の素材を2つ組み合わせてできた袋です。今までのレジ袋は主に石油の廃油からできたポリエチレン製でした。今後、石油資源が枯渇していくこともあり、これをずっと使い続けることは難しく、そろそろ代替品を求めていかなければいけないというときに来ています。SDGsという観点から見ても、鉱物資源に頼るよりは、これからは同じ鉱物でも地球に優しく、問題が起こりにくい素材に代替する必要があるということで、この「バイオライメックスバッグ」がベスト100に入りました。これを普及させていくことで、かなりCO2の排出が減っていくと聞いています。
なにげないものでCO2削減に貢献するデザイン
鈴木 続いてご紹介するのは、保冷剤 「アイスエナジー」です。保冷剤がグッドデザイン賞を受賞するのはおそらく珍しいことだと思います。マイナス20度までの低温で保冷できる保冷剤です。似たような商品はたくさんありますが、マイナス30度〜40度になる専用冷蔵庫ではなく、家庭用の冷凍庫でマイナス20度の低温を実現することができる点が優れているところです。例えば今までそういう場面ではドライアイスが使われていましたが、保冷剤だと繰り返し利用ができるので、CO2削減にもつながります。今後ECが主流になり、生鮮食品の「置き配」など柔軟性のある配達方法の需要も高まるでしょう。そのときに、これを用いることで簡単に超低温環境を簡単に実現できるというのは、インフラを支える上で大切なものになるのではないかと思います。
ありそうでなかったデザイン
村田 次にお話するのは、ホットサンドメーカー 「ホットサンドソロ」です。これは、1枚のパンの中に具を入れて、挟んで、そのままコンロで焼くことで、ホットサンドができるというものなんですが、非常に面白い着想だと思いました。というのも、今までのホットサンドメーカーはパンを2枚使って焼くのですが、それだと1人分としては多すぎる。半分切って食べるときには具が出てしまう、という問題もありました。このプロダクトは、今までなんで思い付かなかったんだろう?という構造になっています。一枚のパンを折り畳んで焼くので、できあがりは1枚の半分サイズになります。周囲がジグザグになって、端がはがれないように噛み合わせている状態で、1枚で焼くことができます。それで「ホットサンドソロ」という名前がついているのでしょうね。シルバー色面と黒色面と二つありまして、これで片方の面を焼きすぎないように、といった細かい部分にも配慮して作られています。
なにげないアイディアに潜んだイノベーション
中坊 次は、「空洞メイプルめん棒」です。写真を見るとわかるように、同じ外径の棒の真ん中に、様々な大きさの穴が空いているのが特徴です。わざわざ穴を開けていることが、この商品の最大のデザイン・ポイントです。麺棒というのは、できる限り真っ直ぐで、真円であることが理想的です。この麺棒の材料には、硬くてしっかりしたメープルが使われていて、反りにも強い素材が使われています。一方で、ある程度の長さになると、非常に重くなるという欠点がありました。しっかりした素材を使って麺棒を最適に作ろうとすると、結果その操作性の問題が生じるのです。多分これまではそれが当たり前として受け取られていました。長い麺棒の中をくり抜いて中空にするというアイデアは、一見なんということはなさそうですが、実はそう簡単にできることではない。単純なアイデアですが、実際は実現が非常に難しいことなのに、それをやりきったところがこのプロダクトの素晴らしい点です。実際にこれを持ってみましたが、非常に軽い。それだけではなく、木は反りやすいという問題がありますが、パイプ上にすることで反りにくくなるという形状の特徴を活かしています。一見すると、ただの棒なのですが、非常にデリケートなところまで踏み込んでしっかりモノを作って、出来上がった。今までのものと全く違っていて、非常に面白いなと思いました。
生産過程にも愛着を育む仕組み
辰野 次にご紹介する漆器 「めぐる」も、実は語るべき魅力がたくさんあるのですが、今回の受賞対象についてお話します。この漆器は注文が入ったあと、作り手がおよそ10ヶ月かけて製造工程をメールや動画やハガキなどを使って随時お知らせしていき、最終的に注文者の元に届く、という生産背景になっています。10ヶ月という長い時間に驚かれる方もいらっしゃるとは思いますが、本当にきちんと作られている漆器というのは、木を切るところから始まって、それを乾かして、成形したり、漆を塗って乾かしたら、また塗って乾かし…、というように日本の季節の気候に合わせた工程で丁寧に長い時間をかけて作るという背景があります。そういう手間がかかる部分というのは一般的にあまり知られていなくて、それが漆器作りにおいて少しネガティブ要素でもあったのですが、この「めぐる」というプロダクトは、この要素を逆手に取るような仕組みを作って、手に取る人の愛着に繋げていくところが素晴らしいアイデアだと思いました。使い勝手の良い美しいフォルムも魅力的です。生涯とても大切に使っていくプロダクトになるんだろうなと思わせる、本当に素敵なプロダクトだと思います。
新しい生活の中から生まれてくるデザインとは
鈴木 デザインというのは、デザイナーのイマジネーションで出来ているものではなくて、リアルな生活の中から出てくるものだと思います。ふつう、生活というのはゆっくり変わっていくものなので、それに対応する道具も徐々に出てくるのですが、今コロナ禍の状況で生活がガラッと変わっているので、プロダクトも大きく変わる可能性があります。特に私たちが審査を担当しているこのユニットでは、生活に密着しているプロダクトが多く、コロナ禍で生活が変わったことによるデザインの変化も大きいのではないかと思います。これは実は中小企業の方にはとっては、非常に大きなチャンスだと思います。なぜかというと、生活が変わって新しい見方が生まれることは、新しいものが生まれるチャンスだからです。ものづくりとして、苦しいこともあるですが、まったく新しいものが生まれる良い機会なのではないかなと思います。
中坊 プロダクトの開発期間という点では、家電製品ではどんなに短くてもやはり1年はかかることを考えてみると、影響が直接的に出てくるのは来年以降の応募対象に現れてくるかと思います。今までの生活がガラリと変わるような大きな出来事があったことは、製品のデザインにもいろいろな形の影響があるだろうと思います。今までになかったような生活用品が出てくるでしょう。コロナ禍の中で製品の開発に大きな影響が出るであろうことに加え、ユーザー側も、この時代に合わせて上手く使うことが必要になってくることがあると思います。
辰野 コロナの時代に入ったところで、ものづくりの価値観やデザインの価値観といったものが大きく変わったなと感じています。今までの考え方でモノを作るのが難しいという状況に直面して、今まで通り作れないという、ちょっとした不安や葛藤があります。それは多くの企業の方も感じていることだと思いますが一方で、例えば歴史的に見ても終戦後に素晴らしいデザインが多く生まれたりするなどと、価値が変わったり、ネガティブな出来事が起こったときに、新しいものが生まれてくるというのは希望だなと思います。それがなんであるか、ということが、すぐにわからないのが、この今の難しいコロナの時代だと思います。そういったところでも、あらゆる手段で紐解いて解決して作れたら、より良い未来が待っているんじゃないか、という希望を感じました。
村田 この時期、もしかしたら中小企業にとってはマイナスではなく、逆にプラスではないかと実は思っています。僕の周りでもたくさん新しいことをやろうとしているのですが、例えば、家にいる時間が長くなったことで、料理やお菓子作りをみなさんが家でするようになった。そうしたら、料理って面白い!ということで、色々なキッチンツールを揃え始めるような動きが出てきます。今までは、時短・簡単を実現するような家電がいろいろありましたが、むしろ逆になってきて、手間をかけて、そのプロセスを楽しむという方向も出てきました。そうして考えていくと、これは中小企業に非常にメリットが出てきている状況なのかなと思います。大企業は生産設備の転換などは簡単にできず大変なので、むしろ身軽に動ける中小企業の方がもしかしたら軽やかにシフトできるのかもしれません。ぜひこのチャンスを拾い上げてほしいですね。
アフターコロナのデザインに期待するもの
鈴木 コロナ禍で生活がガラッと変わって、家族とたくさん時間を過ごすようになって、「食事」は一つのキーワードになってくるのではないかという気がしています。コロナ禍で「なにか面白いもの作ってやろう」という事より、新しい時代の空気に浸って、素直にこういうものがあったらいいんじゃないかな、と自然に湧き出てくるものが時代に沿った強いデザインになるのではないでしょうか。ぜひそういう素直な感覚から出てきたものを見てみたいと思います。
中坊 家で過ごす時間が長くなって、生活の質も変わったのですが、「ご飯を釜で炊く」というような質を重視するような傾向があって、僕はその点がとてもいいなと思っています。効率や時短という言葉もポジティブに使われているけど、手間かけてより良いものを作るということで、僕たちの生活のそのものも豊かになるのかなと思います。モノを作っている人たちも生活者なので、実体験を元に、本来理想とするような豊かな生活をもう一回見つめ直すきっかけになったらいいなと思います。
辰野 ステイホームの時期に、私の周りでも、DIYに取り組んだり、家具を色々買い揃えるなど、家の中を整えはじめた人が多くいました。家で過ごす時間が圧倒的に増えたという背景がありますが、そんな中で、みなさんが家の中にあるものを使う楽しみや、使うと気持ちがいいモノに、より敏感になっているのではないでしょうか。ひょっとしたらここ数年の中では今が一番、家がフォーカスされている時代に突入しているんじゃないかと、個人的にはポジティブな感覚があります。より楽しい、素敵な生活にするにはどうしたらいいか、というのを、もっとアンテナを張って作っていければ、より良いデザインができるんじゃないかなと思っています。
村田 今までのグッドデザイン賞の見方でいうと、例えばフライパンがそこにあるとします。今までは「フライパンの形自体が綺麗だね」と言って審査していた、それが静止画だとすると、次は動画の世界になっていくのかなと思います。たとえば、そのフライパンを使って調理している状況、フライパンを傾けたり動かしたり洗ってみたり、その時間の中で商品がどういうふうに使われているか。それは体験価値でもあるのですが、ユーザーがその体験価値からなにを得られるか、という時間軸での見方が、来年以降もっと強くなってくるのかなと感じています。応募する方も、そういう視点で応募すると、単に言葉で説明するのではなく、もっと過程を見せてにはどうしたらいいか、という応募の仕方も工夫しないといけないことになってくると思います。審査においても、そういった過程をどうやって見ていくのか、審査情報をアーカイブ化する方法の仕組みなどが、今よりもっと進化する必要があるなと思っています。
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